ニュース

遊び人のかき揚げ

遊び人のかき揚げ

角度が下がって柔らかくなった太陽の光が、黄色くなった木の葉っぱを突き抜ける美しさ。目に心に沁みる秋です。 9月の最終日の夕ご飯。大盛の野菜と海老のかき揚げを無心に揚げて、皆であゝ美味しいね-美味しいね-と言いながらたいらげました。これは食欲の秋。ノルウェーのエビ、冷凍インゲン豆、ニンジン、マッシュルーム、ズッキーニ。青じそや、ゴボウや、レンコンや、マイタケは手に入りませんが、そこは諦めて。手に入るもので。 無心に何かをしている時は心が遊んでいる時。予期しない心の境地に入り込み、あとでふと我に返るような、心の状態。 そして、多くの人の心を動かすほどの優れたものが生まれる時というのは、きっとそんなを心を追求した時だったのではないか、とかき揚げを揚げつつ考えていました。 そんな心の瞬間が、昔のマイセンの職人さん達の絵付けにも残されています。それは、心が遊んだ状態でないと、たどり着けないと思われるもの。人の心を動かすもの。100年以上後の人の心さえこそゆるがるれ。スポーツでも、芸術でも、料理でも、その他の道でも。 人の心を動かさずとも、意味はなくとも、自分の心を遊ばせること。その心持ち、心模様は自由で美しい。遊びをせんとや、です。

遊び人のかき揚げ

角度が下がって柔らかくなった太陽の光が、黄色くなった木の葉っぱを突き抜ける美しさ。目に心に沁みる秋です。 9月の最終日の夕ご飯。大盛の野菜と海老のかき揚げを無心に揚げて、皆であゝ美味しいね-美味しいね-と言いながらたいらげました。これは食欲の秋。ノルウェーのエビ、冷凍インゲン豆、ニンジン、マッシュルーム、ズッキーニ。青じそや、ゴボウや、レンコンや、マイタケは手に入りませんが、そこは諦めて。手に入るもので。 無心に何かをしている時は心が遊んでいる時。予期しない心の境地に入り込み、あとでふと我に返るような、心の状態。 そして、多くの人の心を動かすほどの優れたものが生まれる時というのは、きっとそんなを心を追求した時だったのではないか、とかき揚げを揚げつつ考えていました。 そんな心の瞬間が、昔のマイセンの職人さん達の絵付けにも残されています。それは、心が遊んだ状態でないと、たどり着けないと思われるもの。人の心を動かすもの。100年以上後の人の心さえこそゆるがるれ。スポーツでも、芸術でも、料理でも、その他の道でも。 人の心を動かさずとも、意味はなくとも、自分の心を遊ばせること。その心持ち、心模様は自由で美しい。遊びをせんとや、です。

あなたは何色

あなたは何色

4歳児が言うことを聞いてくれなくなった状態の時に、私が白目をむいて倒れて、お利口さんがほっぺたにチューをしてくれるまで起きない、という迫真の演技をしてうまくいったので、何度かそれを繰り返していると、ある時18歳男子に見られ、本番の時にオオカミ少年状態になるからやめて。と冷めた目で言われました。 そのような事態は、私にとっても甚だ遺憾であり、ご批判は真摯に受け止め、今後、改善に向けて努力してまいる所存であります。この行為による子供の感情面に与える悪影響を理解、反省し、親子間の信頼関係の重要性を再確認したうえで、保護者として、安易で一時的な解決の誘惑に甘んじることなく、責任感と長期的視野をもって子供の心身の成長を促し、見守って参りたいと考えております。(全く心が伝わらない反省文の例) 外を歩けば、早や、美しい秋。黄色い葉っぱ率が増えていく白樺の木。野ばらの実の力強い赤、たくさんのナナカマドの実の赤。角度が下がって弱く柔くなった陽の光。朝露が、すぐには消えず。しっとりひんやりした芝生。蜘蛛の巣に連なる露の水滴。森の中には、緑の苔の上に落ちたばかりの黄色い落ち葉、まだ緑のどんぐり、黄色や赤のキノコ、赤いリンゴンベリー、濃い青紫のブルーベリー。無彩色の冬の前のそれは美しい秋の色。 日本の古語の色を表す種類の多さには、驚くばかりですが。古語の色の表とにらめっこしながら見ると、リンゴンベリーは真紅か、蘇芳か。ブルーベリーは搗色か鉄紺。ナナカマドは緋色、白樺の黄色い葉っぱは黄蘗色、カンタレーラキノコの黄色は卵色?かつての日本の人は、皆がこの微妙な色の違いと数を見分けたのでしょうか。 人の名前にも、色は使われますね。茜とか、青葉とか、スカーレットとか。こないだの「おばあちゃんサワー」の後遺症で、スウェーデン語の面白和訳を地味に楽しんでいます。こないだのヒット作を2つ。スウェーデン出身の往年の名テニスプレーヤー、ビョルン・ボルグ。Björn Borgは、直訳で城熊。和名にすると、城熊吉または熊五郎。ハリウッドスターのスカーレット・ヨハンソン、Scarlett Johanssonはヨハンの息子んちの紅子。スカーレットは緋色に近いそうですが、彼女のイメージには紅子(べにこ)という言葉の強さが似合うと思います。どうでしょう、雲の上のスタアも和訳でグッと身近に感じられます。EricssonとかJohanssonという名字が、エリックの息子、ヨハンの息子から来ていると知って驚いたあの日。もし、ヨハンの息子の娘の義理の弟の。。と続けていたら、際限なく長い苗字になっていったかもしれません。 こんな地味な言葉遊びと妄想を楽しんでいる孤独な人に似合う色は、青鈍、または鉛色。か。

あなたは何色

4歳児が言うことを聞いてくれなくなった状態の時に、私が白目をむいて倒れて、お利口さんがほっぺたにチューをしてくれるまで起きない、という迫真の演技をしてうまくいったので、何度かそれを繰り返していると、ある時18歳男子に見られ、本番の時にオオカミ少年状態になるからやめて。と冷めた目で言われました。 そのような事態は、私にとっても甚だ遺憾であり、ご批判は真摯に受け止め、今後、改善に向けて努力してまいる所存であります。この行為による子供の感情面に与える悪影響を理解、反省し、親子間の信頼関係の重要性を再確認したうえで、保護者として、安易で一時的な解決の誘惑に甘んじることなく、責任感と長期的視野をもって子供の心身の成長を促し、見守って参りたいと考えております。(全く心が伝わらない反省文の例) 外を歩けば、早や、美しい秋。黄色い葉っぱ率が増えていく白樺の木。野ばらの実の力強い赤、たくさんのナナカマドの実の赤。角度が下がって弱く柔くなった陽の光。朝露が、すぐには消えず。しっとりひんやりした芝生。蜘蛛の巣に連なる露の水滴。森の中には、緑の苔の上に落ちたばかりの黄色い落ち葉、まだ緑のどんぐり、黄色や赤のキノコ、赤いリンゴンベリー、濃い青紫のブルーベリー。無彩色の冬の前のそれは美しい秋の色。 日本の古語の色を表す種類の多さには、驚くばかりですが。古語の色の表とにらめっこしながら見ると、リンゴンベリーは真紅か、蘇芳か。ブルーベリーは搗色か鉄紺。ナナカマドは緋色、白樺の黄色い葉っぱは黄蘗色、カンタレーラキノコの黄色は卵色?かつての日本の人は、皆がこの微妙な色の違いと数を見分けたのでしょうか。 人の名前にも、色は使われますね。茜とか、青葉とか、スカーレットとか。こないだの「おばあちゃんサワー」の後遺症で、スウェーデン語の面白和訳を地味に楽しんでいます。こないだのヒット作を2つ。スウェーデン出身の往年の名テニスプレーヤー、ビョルン・ボルグ。Björn Borgは、直訳で城熊。和名にすると、城熊吉または熊五郎。ハリウッドスターのスカーレット・ヨハンソン、Scarlett Johanssonはヨハンの息子んちの紅子。スカーレットは緋色に近いそうですが、彼女のイメージには紅子(べにこ)という言葉の強さが似合うと思います。どうでしょう、雲の上のスタアも和訳でグッと身近に感じられます。EricssonとかJohanssonという名字が、エリックの息子、ヨハンの息子から来ていると知って驚いたあの日。もし、ヨハンの息子の娘の義理の弟の。。と続けていたら、際限なく長い苗字になっていったかもしれません。 こんな地味な言葉遊びと妄想を楽しんでいる孤独な人に似合う色は、青鈍、または鉛色。か。

粒粒の循環

粒粒の循環

良い7月だった…。暑くもなく寒くもなく、心身ともに伸び伸びと過ごしました。穏やかすぎて頭のネジが普段よりもだいぶん緩んだ気がしています。いつもまでもこの気候が続くわけではないので、8月は緩んだネジを締め戻しながら参りたいと思います。ネジ回しを探すところから始めます。どこ行ったけなー。 一日の終わりの一杯、湿気のない20度前後の北欧の夏にぴったりのレシピ開発をし、毎日限定一杯🍹(自戒)楽しんでいました。ライム4分の1をグラスに絞って、そこにハチミツをティースプーン一杯溶かし、ボンベイサファイアを30ml位?、ソーダ水で割ります。鬼平のお熊ばあさんのように、これがなくちゃあ、一日が終わらねえだよう、とつぶやきながら、いただきます。ジンの味の違いが分かるわけではないので、ボンベイサファイアでなくても良いのですが、ただ、酒屋さんのジンの棚で、ボトルが涼しげだから。その後、布団の上で、良い人生だった…、ではなくて、良い一日だった…。と思いながら眠っていました。良い7月だった…。 15歳男子の釣りに付き合って、私は釣りをするでもなく、小さな波がたつ水面を眺めていると、だんだんと焦点が合わなくなり、水が地球上を循環する様が妄想されて。目の前の穏やかな湖の水面、災害の大雨、海水、川の水、恵みの雨、末期の水、命の水、汚染水、天然水、井戸水、氷河の氷、アイスコーヒーの中の氷、水道水、いつか降った黒い雨。体の中の水、脳と心臓の73%肺の83%皮膚の64%筋肉と腎臓の79%骨の31%血液の約90%の水。さっき私があくびをして出た涙の水の分子は、かつての恐竜のおしっこだったかもしれないし、かつてナイアガラの滝の水だったかもしれないし、いつかどこかの木の樹液だったかもしれない、干される前のシイタケの水分だったかもしれない。水分子だけに限らず、原子とか分子とか、すべての物資を構成する粒粒が、長い時間をかけて循環している流れを思うと、粒粒が巡り巡って形を変えているだけで、時間と空間も、様々な境界もぼやけてくる気がします。地球上の粒粒の総数は変わらず、形を変えているだけ。私を構成する原子と分子の粒粒は、私の以前には何だったか、私の後は何になるのか。私の体もそのうち、この循環の流れの輪に戻るわけで。そこから一時的に私を構成するものを借りているだけか。…粒粒だもの。そんな妄想をしていると。 水面の向こうで、バッシャーッツ!と派手な音を立てて跳ねる魚と、それを悔しそうに眺める15歳と、ぷかぷか浮かんだ雲と、涼しい風。あゝ。私の現実世界が戻ってきた。とりあえず、本日の夕飯は魚ではないようです。

粒粒の循環

良い7月だった…。暑くもなく寒くもなく、心身ともに伸び伸びと過ごしました。穏やかすぎて頭のネジが普段よりもだいぶん緩んだ気がしています。いつもまでもこの気候が続くわけではないので、8月は緩んだネジを締め戻しながら参りたいと思います。ネジ回しを探すところから始めます。どこ行ったけなー。 一日の終わりの一杯、湿気のない20度前後の北欧の夏にぴったりのレシピ開発をし、毎日限定一杯🍹(自戒)楽しんでいました。ライム4分の1をグラスに絞って、そこにハチミツをティースプーン一杯溶かし、ボンベイサファイアを30ml位?、ソーダ水で割ります。鬼平のお熊ばあさんのように、これがなくちゃあ、一日が終わらねえだよう、とつぶやきながら、いただきます。ジンの味の違いが分かるわけではないので、ボンベイサファイアでなくても良いのですが、ただ、酒屋さんのジンの棚で、ボトルが涼しげだから。その後、布団の上で、良い人生だった…、ではなくて、良い一日だった…。と思いながら眠っていました。良い7月だった…。 15歳男子の釣りに付き合って、私は釣りをするでもなく、小さな波がたつ水面を眺めていると、だんだんと焦点が合わなくなり、水が地球上を循環する様が妄想されて。目の前の穏やかな湖の水面、災害の大雨、海水、川の水、恵みの雨、末期の水、命の水、汚染水、天然水、井戸水、氷河の氷、アイスコーヒーの中の氷、水道水、いつか降った黒い雨。体の中の水、脳と心臓の73%肺の83%皮膚の64%筋肉と腎臓の79%骨の31%血液の約90%の水。さっき私があくびをして出た涙の水の分子は、かつての恐竜のおしっこだったかもしれないし、かつてナイアガラの滝の水だったかもしれないし、いつかどこかの木の樹液だったかもしれない、干される前のシイタケの水分だったかもしれない。水分子だけに限らず、原子とか分子とか、すべての物資を構成する粒粒が、長い時間をかけて循環している流れを思うと、粒粒が巡り巡って形を変えているだけで、時間と空間も、様々な境界もぼやけてくる気がします。地球上の粒粒の総数は変わらず、形を変えているだけ。私を構成する原子と分子の粒粒は、私の以前には何だったか、私の後は何になるのか。私の体もそのうち、この循環の流れの輪に戻るわけで。そこから一時的に私を構成するものを借りているだけか。…粒粒だもの。そんな妄想をしていると。 水面の向こうで、バッシャーッツ!と派手な音を立てて跳ねる魚と、それを悔しそうに眺める15歳と、ぷかぷか浮かんだ雲と、涼しい風。あゝ。私の現実世界が戻ってきた。とりあえず、本日の夕飯は魚ではないようです。

おばあちゃんサワー🍹

おばあちゃんサワー🍹

夏至が過ぎ、カンカン照りの晴天が数日続いた後、久しぶりに風が吹いて大雨が降りました。頭の中がすっきりするような清々しい雨でした。脳みそと心の埃を沈めてくれそうな。散歩をすると、白樺はもう種の準備がほぼ整っていて、菩提樹も小さな実をつけ、森の道には野生のブルーベリー(写真はつまみ食いの図)も実っていました。短い夏の間にすべてを滞りなく行う植物に、毎年心から感心させられます。 6月にあった、(自分にとって)ちょっと面白かった話。 女性用の小さめの懐中時計をスウェーデン語でMormorsur→直訳すると、お祖母ちゃんの懐中時計、と呼びます。Morがお母さんで、Mormorが母方のお祖母ちゃん。父方のおばあさんはFarお父さんのMorお母さんでFarmorと言うんです。これ、とても分かりやすいです。お祖母ちゃんにも2タイプあります。同じ調子でお祖父ちゃんはFarfarとMorfar。読みはカタカナで書くとモールモールとファールモールとファールファールとモールファール。以上、プチ・スウェーデン語講座でした。本題です。何かの拍子で、MormorsurがGoogle翻訳され、そこにあった訳が、おはあちゃんサワー。Mormor、+Sur(酸っぱい飲み物)と認識されて、出来上がったおばあちゃんサワー。(Mormorとurの間のsは所有格)おばあちゃんサワー🍹思いもよらない不意を突かれたパワーワードで一人でしばらく地味に笑いました。ばあちゃん秘蔵の梅と赤紫蘇シロップをスピリッツとソーダで割ったら出来そうなおばあちゃんサワー。酸っぱくて口がすぼむ。ちなみに機嫌が悪いこともSur(スール)と表現します。おばあちゃん、ちょっと今日酸っぱいね。笑。 次は、一年に一回やってくる煙突掃除屋さんが今年はサルバドール・ダリに非常に良く似たおじさんだった事。黒づくめの服のおじさんの目力と、細くて上にくるんと曲がった髭に、これはどう見ても。玄関で一瞬固まりました。家にダリが来た。ダリがうちの暖炉の煤を掃除機で吸っている、ダリがうちの屋根に上って煙突掃除をしている。ソワソワする30分でした。来年もまたダリが煙突掃除に来てくれたら嬉しいです。 先日ニュースを見ていたら、道端のルピナスを市の職員らしい人が引っこ抜く映像だったので、ニュースの解説を高2男子の通訳経由で聞いてみると、ルピナスはスウェーデンに来た外来の植物で、昨今は増えすぎる傾向にあり、引っこ抜いているとの事でした。人間の活動と移動が活発かつ広範囲になった結果として、外来の植物や動物は、どこでも問題になっているのかもしれません。 私は全くその事を知らず、ルピナスは姿も色もきれいで、昔からのスウェーデンの初夏の風景の一部だと思っていたのでびっくりしました。ルピナスが好きなので、以前、園芸屋さんでわざわざ苗を買って自分の庭に植えてみたのですが、うまく育ちませんでした。道端には勝手に増えていくのに、うちの庭はルピナスのお気に召さなかったのでしょうか。 ルピナスさん、という絵本があって、それは、世界を美しくするためにルピナスの種を世界中に撒いて回ったルピナスさんの話だったような。あれは、現実的に見ると、所かまわず外来植物の種をまき散らす大変な事をしでかすお話ということになるのでしょうか。もちろんルピナスさんはフィクションで、世界をもっと美しくする、というテーマこそが本質ですが。 良かれと思ってした事が、予想外の悪い結果を生んでしまった。世界を美しくしようとした種まきは、他の土地の植物にとっては非常に迷惑な事だった。人の生活を豊かにしようとした発明が、かえって人を苦しめる結果になってしまった。親切のつもりが、人を傷つけてしまった。平和をもたらすはずが、争いの拡大を招いてしまった。 それらは、ある話、の数々。聞いたことのある話。現在進行形の話。私もいつ何時、そのようなことをしでかすかもしれないし、もうすでに何かをしでかしているのに気が付いていないことも山ほどあるだろう。 そして、アジアから北のヨーロッパまでわざわざやって来て、この地に住まわせてもらっている私は、厚かましくも、今日も一日、ご飯も食べて、笑ったり怒ったりしながら、平穏無事に過ごさせていただきました。

おばあちゃんサワー🍹

夏至が過ぎ、カンカン照りの晴天が数日続いた後、久しぶりに風が吹いて大雨が降りました。頭の中がすっきりするような清々しい雨でした。脳みそと心の埃を沈めてくれそうな。散歩をすると、白樺はもう種の準備がほぼ整っていて、菩提樹も小さな実をつけ、森の道には野生のブルーベリー(写真はつまみ食いの図)も実っていました。短い夏の間にすべてを滞りなく行う植物に、毎年心から感心させられます。 6月にあった、(自分にとって)ちょっと面白かった話。 女性用の小さめの懐中時計をスウェーデン語でMormorsur→直訳すると、お祖母ちゃんの懐中時計、と呼びます。Morがお母さんで、Mormorが母方のお祖母ちゃん。父方のおばあさんはFarお父さんのMorお母さんでFarmorと言うんです。これ、とても分かりやすいです。お祖母ちゃんにも2タイプあります。同じ調子でお祖父ちゃんはFarfarとMorfar。読みはカタカナで書くとモールモールとファールモールとファールファールとモールファール。以上、プチ・スウェーデン語講座でした。本題です。何かの拍子で、MormorsurがGoogle翻訳され、そこにあった訳が、おはあちゃんサワー。Mormor、+Sur(酸っぱい飲み物)と認識されて、出来上がったおばあちゃんサワー。(Mormorとurの間のsは所有格)おばあちゃんサワー🍹思いもよらない不意を突かれたパワーワードで一人でしばらく地味に笑いました。ばあちゃん秘蔵の梅と赤紫蘇シロップをスピリッツとソーダで割ったら出来そうなおばあちゃんサワー。酸っぱくて口がすぼむ。ちなみに機嫌が悪いこともSur(スール)と表現します。おばあちゃん、ちょっと今日酸っぱいね。笑。 次は、一年に一回やってくる煙突掃除屋さんが今年はサルバドール・ダリに非常に良く似たおじさんだった事。黒づくめの服のおじさんの目力と、細くて上にくるんと曲がった髭に、これはどう見ても。玄関で一瞬固まりました。家にダリが来た。ダリがうちの暖炉の煤を掃除機で吸っている、ダリがうちの屋根に上って煙突掃除をしている。ソワソワする30分でした。来年もまたダリが煙突掃除に来てくれたら嬉しいです。 先日ニュースを見ていたら、道端のルピナスを市の職員らしい人が引っこ抜く映像だったので、ニュースの解説を高2男子の通訳経由で聞いてみると、ルピナスはスウェーデンに来た外来の植物で、昨今は増えすぎる傾向にあり、引っこ抜いているとの事でした。人間の活動と移動が活発かつ広範囲になった結果として、外来の植物や動物は、どこでも問題になっているのかもしれません。 私は全くその事を知らず、ルピナスは姿も色もきれいで、昔からのスウェーデンの初夏の風景の一部だと思っていたのでびっくりしました。ルピナスが好きなので、以前、園芸屋さんでわざわざ苗を買って自分の庭に植えてみたのですが、うまく育ちませんでした。道端には勝手に増えていくのに、うちの庭はルピナスのお気に召さなかったのでしょうか。 ルピナスさん、という絵本があって、それは、世界を美しくするためにルピナスの種を世界中に撒いて回ったルピナスさんの話だったような。あれは、現実的に見ると、所かまわず外来植物の種をまき散らす大変な事をしでかすお話ということになるのでしょうか。もちろんルピナスさんはフィクションで、世界をもっと美しくする、というテーマこそが本質ですが。 良かれと思ってした事が、予想外の悪い結果を生んでしまった。世界を美しくしようとした種まきは、他の土地の植物にとっては非常に迷惑な事だった。人の生活を豊かにしようとした発明が、かえって人を苦しめる結果になってしまった。親切のつもりが、人を傷つけてしまった。平和をもたらすはずが、争いの拡大を招いてしまった。 それらは、ある話、の数々。聞いたことのある話。現在進行形の話。私もいつ何時、そのようなことをしでかすかもしれないし、もうすでに何かをしでかしているのに気が付いていないことも山ほどあるだろう。 そして、アジアから北のヨーロッパまでわざわざやって来て、この地に住まわせてもらっている私は、厚かましくも、今日も一日、ご飯も食べて、笑ったり怒ったりしながら、平穏無事に過ごさせていただきました。

蚊の楽園におよびでない人

蚊の楽園におよびでない人

若葉から、ひときわ緑の濃さを増した木の葉がひしめき合う。時折過ぎる風に、葉の一枚一枚が様々にその身を揺らし陽の光を跳ね返す。北欧の夏である。(3日で4冊立て続けに読んだ池波正太郎風に、と思ったけれどダメか笑) 数日前、4月も終わるね、早いねーと言っていたら、まるまる1か月勘違いしていた5月呆けです。終わるは4月ではなく、5月でした。私の頭の回転は錆びついていますが、周りの自然は緑と花と花粉と、目まぐるしく変化していきます。ハチも、蝶々もアリも忙しく動き回っています。そして北欧の国に、ハエと蚊も出現。 スウェーデンの蚊は、日本の蚊に比べて気合とスピードが感じられず、おっとり飛んでいる気がします。✋👼。日本の蚊は、代々、日本人の両手と蚊取り線香、ベープマット、虫よけスプレー等の様々な試練を生き抜いてきている精鋭たち。あの身体能力、モスキートオリンピックがあれば、日本の蚊達は上位を占めるはず。 スウェーデンの人々は、蚊やハエに対する嫌悪感が薄い気がします。つかの間の夏の風物詩として、寛大な心で接することができるのでしょうか。ある人は、蚊は手でよけるだけ、ハエは窓からお引き取りいただくのみ、と話していました。アヒンサーです。ハエ柄Tシャツも見たことがあります。 Proxemicsプロクセミクス文化による感覚や認識の違い。昔々、スウェーデン語の先生が、授業の最後に、質問はありませんか、と聞いて、私は、ないでーす、という意味でうなずいていたのですが、ハイ、クミコ、質問は何ですか?と聞かれることが度々ありました。頭は横に振らなければいけませんでした。手を挙げて顔の近くでひらひらと動かす行動は、日本人であればこっちおいでという意味ですが、違う国と文化では、あっちへ行けというジェスチャーにとらえられることがあります。これは、大問題になりかねないほど正反対。 ある対談で、池波正太郎は、キッチンバサミに対して、料理にハサミを使う?!と違和感(嫌悪感も?)を感じていたようでしたが、こちらは時間的な、世代的な感覚の違い。(何千年も前の文献にも、今の若いもんは、という記述があるらしいです。)お弁当温めますか?という言葉は1日にどれくらい発せられているでしょう。すみませんが、こちらで弁当を遣わせていただきやす、と言っていた江戸時代の人に、お弁当温めますかと聞いたらキョトンとするかもしれません。弁当をおめえさん、どうして温めるつもりかい?懐にでも入れるってえかい。🍱電子レンジでほうれん草のおひたしも白米も煮しめも桜でんぶも梅干しも一緒に熱々になった弁当は、喜ばれるのか、それとも。個人的にはお弁当は常温で食べるのが好きです。 時間と空間による、感覚や認識の違い。 スウェーデンの蚊からすると、毒ガス級かもしれない🐓金鳥蚊取り線香🐓を焚き、弱ったところパチンパチン✋としつこく追いかける人間は、よそから来た非常に忌まわしき存在。このことである。(←池波正太郎の小説の決め台詞)自覚を持って、良い人ぶって生きないようにします🍃

蚊の楽園におよびでない人

若葉から、ひときわ緑の濃さを増した木の葉がひしめき合う。時折過ぎる風に、葉の一枚一枚が様々にその身を揺らし陽の光を跳ね返す。北欧の夏である。(3日で4冊立て続けに読んだ池波正太郎風に、と思ったけれどダメか笑) 数日前、4月も終わるね、早いねーと言っていたら、まるまる1か月勘違いしていた5月呆けです。終わるは4月ではなく、5月でした。私の頭の回転は錆びついていますが、周りの自然は緑と花と花粉と、目まぐるしく変化していきます。ハチも、蝶々もアリも忙しく動き回っています。そして北欧の国に、ハエと蚊も出現。 スウェーデンの蚊は、日本の蚊に比べて気合とスピードが感じられず、おっとり飛んでいる気がします。✋👼。日本の蚊は、代々、日本人の両手と蚊取り線香、ベープマット、虫よけスプレー等の様々な試練を生き抜いてきている精鋭たち。あの身体能力、モスキートオリンピックがあれば、日本の蚊達は上位を占めるはず。 スウェーデンの人々は、蚊やハエに対する嫌悪感が薄い気がします。つかの間の夏の風物詩として、寛大な心で接することができるのでしょうか。ある人は、蚊は手でよけるだけ、ハエは窓からお引き取りいただくのみ、と話していました。アヒンサーです。ハエ柄Tシャツも見たことがあります。 Proxemicsプロクセミクス文化による感覚や認識の違い。昔々、スウェーデン語の先生が、授業の最後に、質問はありませんか、と聞いて、私は、ないでーす、という意味でうなずいていたのですが、ハイ、クミコ、質問は何ですか?と聞かれることが度々ありました。頭は横に振らなければいけませんでした。手を挙げて顔の近くでひらひらと動かす行動は、日本人であればこっちおいでという意味ですが、違う国と文化では、あっちへ行けというジェスチャーにとらえられることがあります。これは、大問題になりかねないほど正反対。 ある対談で、池波正太郎は、キッチンバサミに対して、料理にハサミを使う?!と違和感(嫌悪感も?)を感じていたようでしたが、こちらは時間的な、世代的な感覚の違い。(何千年も前の文献にも、今の若いもんは、という記述があるらしいです。)お弁当温めますか?という言葉は1日にどれくらい発せられているでしょう。すみませんが、こちらで弁当を遣わせていただきやす、と言っていた江戸時代の人に、お弁当温めますかと聞いたらキョトンとするかもしれません。弁当をおめえさん、どうして温めるつもりかい?懐にでも入れるってえかい。🍱電子レンジでほうれん草のおひたしも白米も煮しめも桜でんぶも梅干しも一緒に熱々になった弁当は、喜ばれるのか、それとも。個人的にはお弁当は常温で食べるのが好きです。 時間と空間による、感覚や認識の違い。 スウェーデンの蚊からすると、毒ガス級かもしれない🐓金鳥蚊取り線香🐓を焚き、弱ったところパチンパチン✋としつこく追いかける人間は、よそから来た非常に忌まわしき存在。このことである。(←池波正太郎の小説の決め台詞)自覚を持って、良い人ぶって生きないようにします🍃

タケノコで回避する鬼教官への道

タケノコで回避する鬼教官への道

春は始まりの季節。スウェーデンでも普通自動車の免許は18歳から取得できます。日本と違う点は、17歳から運転の練習を始められること。普通免許を持っている人が、免許取得を目指す人の運転練習の監督者として隣に同乗し、公道で運転の練習を監督できるということです。なんてチャレンジャーな制度!18歳をもうすぐ迎える高2男子のために、自動車学校で練習運転監督者のための講座、みっちり3時間半、を受けてきました。家と自動車学校の両方で車に乗りながら、筆記と実技の試験を受ける方が、はるかに時間的にもお財布的にも効率が良いそうです。北の国ならではの、氷の上を車で走るテスト、も、必修だそうです。アイススケートリンクみたいなところでやるんでしょうか。興味津々です。自動車教習所で監督者としての心得も叩き込まれました。「パニックにならず、叫ばず、忍耐をもって。これは運転練習者との共同作業です!」はるか昔、私も自動車学校に通い、ドキドキしながらハンドルを握りしめていた時の気持ちを思い出して、くれぐれも意地悪鬼教官にならないように気を付けなければと思いました。私も初心者だった🔰 日本ではもうタケノコの時季も終わりかなーと考えながら運転していたら、突然、祖父とタケノコの思い出が蘇りました。その時、私はおそらく小学校1年生か2年生。祖父はお寺の住職で、敗戦後はシベリア抑留生活を経験した静かな人でした。お寺の隅の一部屋で一人で過ごすことが多く、祖父と孫の間ながらも少し距離があるというか、邪魔をしてはいけないというか。夕方の大相撲を観る時間と夕飯の時間だけ、祖父は、家族のいるわちゃわちゃした下界へ降りてくる。そんな感じでした。 ある春の日の夕食時に、祖父が、「竹藪からかなり離れた境内の一角に、どうしたことかタケノコが一本生えて、よくこんなところに生えたものだと感心して毎日様子を見に行っていたのだが、今日それが倒されていた。」と残念そうに話しました。私は、心拍数が急上昇。そのまま母親の後ろに隠れ、やっとしばらくたってから、母親に、私と従妹たちで遊んでいて、その1メートルくらいに伸びたタケノコを蹴って倒したことを打ち明けました。母はその場で、あゝ、おじいちゃん、それは久美子たちがやったそうです。(私の心の声:今、皆の前で言うんかーい(# ゚Д゚)))祖父は一瞬の間をおいて、笑って、あゝ、そうだったか。大丈夫大丈夫、と優しく言いました。その言葉に私はオイオイと泣き始め、しゃくりあげ。周りの大人たちは多分笑っていたような。そんな、ほろ苦いタケノコの思い出。毎日足を運んで、迷いタケノコの成長を慈しんだ祖父の心。そんな心は知る由もなかった、昔の自分。…。あゝ、初心者だった🔰…。 確かに。大きな声で怒られるよりも、責められるよりも、笑顔と優しさで教えられた方が沁みて、残った。 くれぐれも鬼教官への道に進まないように、いつも心に祖父のタケノコ。監督初心者と運転初心者で、レッツドライブ🔰の5月です🚙🍃 皆様も、お元気にお過ごしください!

タケノコで回避する鬼教官への道

春は始まりの季節。スウェーデンでも普通自動車の免許は18歳から取得できます。日本と違う点は、17歳から運転の練習を始められること。普通免許を持っている人が、免許取得を目指す人の運転練習の監督者として隣に同乗し、公道で運転の練習を監督できるということです。なんてチャレンジャーな制度!18歳をもうすぐ迎える高2男子のために、自動車学校で練習運転監督者のための講座、みっちり3時間半、を受けてきました。家と自動車学校の両方で車に乗りながら、筆記と実技の試験を受ける方が、はるかに時間的にもお財布的にも効率が良いそうです。北の国ならではの、氷の上を車で走るテスト、も、必修だそうです。アイススケートリンクみたいなところでやるんでしょうか。興味津々です。自動車教習所で監督者としての心得も叩き込まれました。「パニックにならず、叫ばず、忍耐をもって。これは運転練習者との共同作業です!」はるか昔、私も自動車学校に通い、ドキドキしながらハンドルを握りしめていた時の気持ちを思い出して、くれぐれも意地悪鬼教官にならないように気を付けなければと思いました。私も初心者だった🔰 日本ではもうタケノコの時季も終わりかなーと考えながら運転していたら、突然、祖父とタケノコの思い出が蘇りました。その時、私はおそらく小学校1年生か2年生。祖父はお寺の住職で、敗戦後はシベリア抑留生活を経験した静かな人でした。お寺の隅の一部屋で一人で過ごすことが多く、祖父と孫の間ながらも少し距離があるというか、邪魔をしてはいけないというか。夕方の大相撲を観る時間と夕飯の時間だけ、祖父は、家族のいるわちゃわちゃした下界へ降りてくる。そんな感じでした。 ある春の日の夕食時に、祖父が、「竹藪からかなり離れた境内の一角に、どうしたことかタケノコが一本生えて、よくこんなところに生えたものだと感心して毎日様子を見に行っていたのだが、今日それが倒されていた。」と残念そうに話しました。私は、心拍数が急上昇。そのまま母親の後ろに隠れ、やっとしばらくたってから、母親に、私と従妹たちで遊んでいて、その1メートルくらいに伸びたタケノコを蹴って倒したことを打ち明けました。母はその場で、あゝ、おじいちゃん、それは久美子たちがやったそうです。(私の心の声:今、皆の前で言うんかーい(# ゚Д゚)))祖父は一瞬の間をおいて、笑って、あゝ、そうだったか。大丈夫大丈夫、と優しく言いました。その言葉に私はオイオイと泣き始め、しゃくりあげ。周りの大人たちは多分笑っていたような。そんな、ほろ苦いタケノコの思い出。毎日足を運んで、迷いタケノコの成長を慈しんだ祖父の心。そんな心は知る由もなかった、昔の自分。…。あゝ、初心者だった🔰…。 確かに。大きな声で怒られるよりも、責められるよりも、笑顔と優しさで教えられた方が沁みて、残った。 くれぐれも鬼教官への道に進まないように、いつも心に祖父のタケノコ。監督初心者と運転初心者で、レッツドライブ🔰の5月です🚙🍃 皆様も、お元気にお過ごしください!