ニュース

蚊の楽園におよびでない人

蚊の楽園におよびでない人

若葉から、ひときわ緑の濃さを増した木の葉がひしめき合う。時折過ぎる風に、葉の一枚一枚が様々にその身を揺らし陽の光を跳ね返す。北欧の夏である。(3日で4冊立て続けに読んだ池波正太郎風に、と思ったけれどダメか笑) 数日前、4月も終わるね、早いねーと言っていたら、まるまる1か月勘違いしていた5月呆けです。終わるは4月ではなく、5月でした。私の頭の回転は錆びついていますが、周りの自然は緑と花と花粉と、目まぐるしく変化していきます。ハチも、蝶々もアリも忙しく動き回っています。そして北欧の国に、ハエと蚊も出現。 スウェーデンの蚊は、日本の蚊に比べて気合とスピードが感じられず、おっとり飛んでいる気がします。✋👼。日本の蚊は、代々、日本人の両手と蚊取り線香、ベープマット、虫よけスプレー等の様々な試練を生き抜いてきている精鋭たち。あの身体能力、モスキートオリンピックがあれば、日本の蚊達は上位を占めるはず。 スウェーデンの人々は、蚊やハエに対する嫌悪感が薄い気がします。つかの間の夏の風物詩として、寛大な心で接することができるのでしょうか。ある人は、蚊は手でよけるだけ、ハエは窓からお引き取りいただくのみ、と話していました。アヒンサーです。ハエ柄Tシャツも見たことがあります。 Proxemicsプロクセミクス文化による感覚や認識の違い。昔々、スウェーデン語の先生が、授業の最後に、質問はありませんか、と聞いて、私は、ないでーす、という意味でうなずいていたのですが、ハイ、クミコ、質問は何ですか?と聞かれることが度々ありました。頭は横に振らなければいけませんでした。手を挙げて顔の近くでひらひらと動かす行動は、日本人であればこっちおいでという意味ですが、違う国と文化では、あっちへ行けというジェスチャーにとらえられることがあります。これは、大問題になりかねないほど正反対。 ある対談で、池波正太郎は、キッチンバサミに対して、料理にハサミを使う?!と違和感(嫌悪感も?)を感じていたようでしたが、こちらは時間的な、世代的な感覚の違い。(何千年も前の文献にも、今の若いもんは、という記述があるらしいです。)お弁当温めますか?という言葉は1日にどれくらい発せられているでしょう。すみませんが、こちらで弁当を遣わせていただきやす、と言っていた江戸時代の人に、お弁当温めますかと聞いたらキョトンとするかもしれません。弁当をおめえさん、どうして温めるつもりかい?懐にでも入れるってえかい。🍱電子レンジでほうれん草のおひたしも白米も煮しめも桜でんぶも梅干しも一緒に熱々になった弁当は、喜ばれるのか、それとも。個人的にはお弁当は常温で食べるのが好きです。 時間と空間による、感覚や認識の違い。 スウェーデンの蚊からすると、毒ガス級かもしれない🐓金鳥蚊取り線香🐓を焚き、弱ったところパチンパチン✋としつこく追いかける人間は、よそから来た非常に忌まわしき存在。このことである。(←池波正太郎の小説の決め台詞)自覚を持って、良い人ぶって生きないようにします🍃

蚊の楽園におよびでない人

若葉から、ひときわ緑の濃さを増した木の葉がひしめき合う。時折過ぎる風に、葉の一枚一枚が様々にその身を揺らし陽の光を跳ね返す。北欧の夏である。(3日で4冊立て続けに読んだ池波正太郎風に、と思ったけれどダメか笑) 数日前、4月も終わるね、早いねーと言っていたら、まるまる1か月勘違いしていた5月呆けです。終わるは4月ではなく、5月でした。私の頭の回転は錆びついていますが、周りの自然は緑と花と花粉と、目まぐるしく変化していきます。ハチも、蝶々もアリも忙しく動き回っています。そして北欧の国に、ハエと蚊も出現。 スウェーデンの蚊は、日本の蚊に比べて気合とスピードが感じられず、おっとり飛んでいる気がします。✋👼。日本の蚊は、代々、日本人の両手と蚊取り線香、ベープマット、虫よけスプレー等の様々な試練を生き抜いてきている精鋭たち。あの身体能力、モスキートオリンピックがあれば、日本の蚊達は上位を占めるはず。 スウェーデンの人々は、蚊やハエに対する嫌悪感が薄い気がします。つかの間の夏の風物詩として、寛大な心で接することができるのでしょうか。ある人は、蚊は手でよけるだけ、ハエは窓からお引き取りいただくのみ、と話していました。アヒンサーです。ハエ柄Tシャツも見たことがあります。 Proxemicsプロクセミクス文化による感覚や認識の違い。昔々、スウェーデン語の先生が、授業の最後に、質問はありませんか、と聞いて、私は、ないでーす、という意味でうなずいていたのですが、ハイ、クミコ、質問は何ですか?と聞かれることが度々ありました。頭は横に振らなければいけませんでした。手を挙げて顔の近くでひらひらと動かす行動は、日本人であればこっちおいでという意味ですが、違う国と文化では、あっちへ行けというジェスチャーにとらえられることがあります。これは、大問題になりかねないほど正反対。 ある対談で、池波正太郎は、キッチンバサミに対して、料理にハサミを使う?!と違和感(嫌悪感も?)を感じていたようでしたが、こちらは時間的な、世代的な感覚の違い。(何千年も前の文献にも、今の若いもんは、という記述があるらしいです。)お弁当温めますか?という言葉は1日にどれくらい発せられているでしょう。すみませんが、こちらで弁当を遣わせていただきやす、と言っていた江戸時代の人に、お弁当温めますかと聞いたらキョトンとするかもしれません。弁当をおめえさん、どうして温めるつもりかい?懐にでも入れるってえかい。🍱電子レンジでほうれん草のおひたしも白米も煮しめも桜でんぶも梅干しも一緒に熱々になった弁当は、喜ばれるのか、それとも。個人的にはお弁当は常温で食べるのが好きです。 時間と空間による、感覚や認識の違い。 スウェーデンの蚊からすると、毒ガス級かもしれない🐓金鳥蚊取り線香🐓を焚き、弱ったところパチンパチン✋としつこく追いかける人間は、よそから来た非常に忌まわしき存在。このことである。(←池波正太郎の小説の決め台詞)自覚を持って、良い人ぶって生きないようにします🍃

タケノコで回避する鬼教官への道

タケノコで回避する鬼教官への道

春は始まりの季節。スウェーデンでも普通自動車の免許は18歳から取得できます。日本と違う点は、17歳から運転の練習を始められること。普通免許を持っている人が、免許取得を目指す人の運転練習の監督者として隣に同乗し、公道で運転の練習を監督できるということです。なんてチャレンジャーな制度!18歳をもうすぐ迎える高2男子のために、自動車学校で練習運転監督者のための講座、みっちり3時間半、を受けてきました。家と自動車学校の両方で車に乗りながら、筆記と実技の試験を受ける方が、はるかに時間的にもお財布的にも効率が良いそうです。北の国ならではの、氷の上を車で走るテスト、も、必修だそうです。アイススケートリンクみたいなところでやるんでしょうか。興味津々です。自動車教習所で監督者としての心得も叩き込まれました。「パニックにならず、叫ばず、忍耐をもって。これは運転練習者との共同作業です!」はるか昔、私も自動車学校に通い、ドキドキしながらハンドルを握りしめていた時の気持ちを思い出して、くれぐれも意地悪鬼教官にならないように気を付けなければと思いました。私も初心者だった🔰 日本ではもうタケノコの時季も終わりかなーと考えながら運転していたら、突然、祖父とタケノコの思い出が蘇りました。その時、私はおそらく小学校1年生か2年生。祖父はお寺の住職で、敗戦後はシベリア抑留生活を経験した静かな人でした。お寺の隅の一部屋で一人で過ごすことが多く、祖父と孫の間ながらも少し距離があるというか、邪魔をしてはいけないというか。夕方の大相撲を観る時間と夕飯の時間だけ、祖父は、家族のいるわちゃわちゃした下界へ降りてくる。そんな感じでした。 ある春の日の夕食時に、祖父が、「竹藪からかなり離れた境内の一角に、どうしたことかタケノコが一本生えて、よくこんなところに生えたものだと感心して毎日様子を見に行っていたのだが、今日それが倒されていた。」と残念そうに話しました。私は、心拍数が急上昇。そのまま母親の後ろに隠れ、やっとしばらくたってから、母親に、私と従妹たちで遊んでいて、その1メートルくらいに伸びたタケノコを蹴って倒したことを打ち明けました。母はその場で、あゝ、おじいちゃん、それは久美子たちがやったそうです。(私の心の声:今、皆の前で言うんかーい(# ゚Д゚)))祖父は一瞬の間をおいて、笑って、あゝ、そうだったか。大丈夫大丈夫、と優しく言いました。その言葉に私はオイオイと泣き始め、しゃくりあげ。周りの大人たちは多分笑っていたような。そんな、ほろ苦いタケノコの思い出。毎日足を運んで、迷いタケノコの成長を慈しんだ祖父の心。そんな心は知る由もなかった、昔の自分。…。あゝ、初心者だった🔰…。 確かに。大きな声で怒られるよりも、責められるよりも、笑顔と優しさで教えられた方が沁みて、残った。 くれぐれも鬼教官への道に進まないように、いつも心に祖父のタケノコ。監督初心者と運転初心者で、レッツドライブ🔰の5月です🚙🍃 皆様も、お元気にお過ごしください!

タケノコで回避する鬼教官への道

春は始まりの季節。スウェーデンでも普通自動車の免許は18歳から取得できます。日本と違う点は、17歳から運転の練習を始められること。普通免許を持っている人が、免許取得を目指す人の運転練習の監督者として隣に同乗し、公道で運転の練習を監督できるということです。なんてチャレンジャーな制度!18歳をもうすぐ迎える高2男子のために、自動車学校で練習運転監督者のための講座、みっちり3時間半、を受けてきました。家と自動車学校の両方で車に乗りながら、筆記と実技の試験を受ける方が、はるかに時間的にもお財布的にも効率が良いそうです。北の国ならではの、氷の上を車で走るテスト、も、必修だそうです。アイススケートリンクみたいなところでやるんでしょうか。興味津々です。自動車教習所で監督者としての心得も叩き込まれました。「パニックにならず、叫ばず、忍耐をもって。これは運転練習者との共同作業です!」はるか昔、私も自動車学校に通い、ドキドキしながらハンドルを握りしめていた時の気持ちを思い出して、くれぐれも意地悪鬼教官にならないように気を付けなければと思いました。私も初心者だった🔰 日本ではもうタケノコの時季も終わりかなーと考えながら運転していたら、突然、祖父とタケノコの思い出が蘇りました。その時、私はおそらく小学校1年生か2年生。祖父はお寺の住職で、敗戦後はシベリア抑留生活を経験した静かな人でした。お寺の隅の一部屋で一人で過ごすことが多く、祖父と孫の間ながらも少し距離があるというか、邪魔をしてはいけないというか。夕方の大相撲を観る時間と夕飯の時間だけ、祖父は、家族のいるわちゃわちゃした下界へ降りてくる。そんな感じでした。 ある春の日の夕食時に、祖父が、「竹藪からかなり離れた境内の一角に、どうしたことかタケノコが一本生えて、よくこんなところに生えたものだと感心して毎日様子を見に行っていたのだが、今日それが倒されていた。」と残念そうに話しました。私は、心拍数が急上昇。そのまま母親の後ろに隠れ、やっとしばらくたってから、母親に、私と従妹たちで遊んでいて、その1メートルくらいに伸びたタケノコを蹴って倒したことを打ち明けました。母はその場で、あゝ、おじいちゃん、それは久美子たちがやったそうです。(私の心の声:今、皆の前で言うんかーい(# ゚Д゚)))祖父は一瞬の間をおいて、笑って、あゝ、そうだったか。大丈夫大丈夫、と優しく言いました。その言葉に私はオイオイと泣き始め、しゃくりあげ。周りの大人たちは多分笑っていたような。そんな、ほろ苦いタケノコの思い出。毎日足を運んで、迷いタケノコの成長を慈しんだ祖父の心。そんな心は知る由もなかった、昔の自分。…。あゝ、初心者だった🔰…。 確かに。大きな声で怒られるよりも、責められるよりも、笑顔と優しさで教えられた方が沁みて、残った。 くれぐれも鬼教官への道に進まないように、いつも心に祖父のタケノコ。監督初心者と運転初心者で、レッツドライブ🔰の5月です🚙🍃 皆様も、お元気にお過ごしください!

勾玉の木の実中毒

勾玉の木の実中毒

2日ほど庭仕事に精を出しました。庭仕事をしたくなる気温10℃。水仙の蕾がようやく膨らんで、黄色いチョウを見かけました🦋。小さな破れ温室の横にある、トゲトゲのバラ(自生?野生?)との戦いはかれこれ数年続いていて、私は非情にも、絶えてくれ!と願って、根元から切って倒すのですが、いつの間にかニョキニョキトゲトゲと元気に生えてきます。多分この戦いには勝てません。 去年からの落ち葉や雑草を取り除いて、私は気分を良くしいても、落ち葉の陰にいた、まだ春のスイッチが入っていないテントウムシや縮こまっているナメクジや、地中でくつろいでいるミミズにとってはとても迷惑な事だったでしょう。トントン、と痛くなった腰を叩きながら、眺める森の木は、まだまだ裸のままですが、これからすさまじい勢いで芽吹いていきます。森のリスも鹿も長い冬を乗り越えた!春が来るぞー🌸 リスと言えば、ナッツ。3月はずっとカシューナッツを食べていました。ひとつの食べ物を食べ始めたら、ずっとそればかり食べ続けてしまう人というのは、決して多くはないでしょうが、たまに居ます。私です。重症になると、せっせと家に予備をストックし始めます🐿。 若い時に、食べ過ぎたらだめだよと言われていた銀杏を食べ過ぎた時は、カイカイのブツブツが出て母に怒られて大変でした(銀杏は中毒を引き起こす成分を含んでいる☠んですよ。実証済です。)今回のカシューナッツ、中毒が心配になるほど摂取しましたが、ブツブツも吹き出物も出ず。体が欲していたのだわ✨自分の体の声が聞こえたの、ウフフ✨と良いように解釈しておきます。 カリカリとしなしなの間の独特の噛み応えのカシューナッツを次から次へモグモグ食べながら、なんと不思議な形、これはどう見てもあれ。勾玉。その後、カシューナッツの和名に、勾玉の木、とあって、やっぱりそうだよね、と納得しました。日本に植生はしないので、勾玉がカシューナッツを模したものである確率はないでしょうが、これほど形、大きさが似ているとは。そもそも勾玉の形は何を表したものなのかにも諸説ありますが。なんとも神秘的で不思議です。分かりやすい直線でもなく、円でも球でもない。微妙に曲がった、小さくて美しいもの。分かりやすくないもの。日本独特の美なのかもしれません。 魏志倭人伝には、邪馬台国が魏へと贈った勾玉が、孔青大句珠二枚(穴が空いて曲がった青い大きな玉2個)と記されているそうで。….。ちょっと。あんまり素っ気ない書き方じゃないのさ(╯‵□′)╯︵┻━┻"穴が空いて曲がった大きな玉”を見て、魏の人々はどう感じたのでしょうか.....。少しへそが曲がった考えです。笑。勾玉の木の実食べ過ぎの副作用でしょうか。 皆様、美しい日本の春を元気にお過ごしください。タケノコ、ワラビ、フキノトウ、菜の花…🤤みんな恋しい…。 写真は、咲く直前の雪割草、スウェーデンで春を告げる花です。嬉。

勾玉の木の実中毒

2日ほど庭仕事に精を出しました。庭仕事をしたくなる気温10℃。水仙の蕾がようやく膨らんで、黄色いチョウを見かけました🦋。小さな破れ温室の横にある、トゲトゲのバラ(自生?野生?)との戦いはかれこれ数年続いていて、私は非情にも、絶えてくれ!と願って、根元から切って倒すのですが、いつの間にかニョキニョキトゲトゲと元気に生えてきます。多分この戦いには勝てません。 去年からの落ち葉や雑草を取り除いて、私は気分を良くしいても、落ち葉の陰にいた、まだ春のスイッチが入っていないテントウムシや縮こまっているナメクジや、地中でくつろいでいるミミズにとってはとても迷惑な事だったでしょう。トントン、と痛くなった腰を叩きながら、眺める森の木は、まだまだ裸のままですが、これからすさまじい勢いで芽吹いていきます。森のリスも鹿も長い冬を乗り越えた!春が来るぞー🌸 リスと言えば、ナッツ。3月はずっとカシューナッツを食べていました。ひとつの食べ物を食べ始めたら、ずっとそればかり食べ続けてしまう人というのは、決して多くはないでしょうが、たまに居ます。私です。重症になると、せっせと家に予備をストックし始めます🐿。 若い時に、食べ過ぎたらだめだよと言われていた銀杏を食べ過ぎた時は、カイカイのブツブツが出て母に怒られて大変でした(銀杏は中毒を引き起こす成分を含んでいる☠んですよ。実証済です。)今回のカシューナッツ、中毒が心配になるほど摂取しましたが、ブツブツも吹き出物も出ず。体が欲していたのだわ✨自分の体の声が聞こえたの、ウフフ✨と良いように解釈しておきます。 カリカリとしなしなの間の独特の噛み応えのカシューナッツを次から次へモグモグ食べながら、なんと不思議な形、これはどう見てもあれ。勾玉。その後、カシューナッツの和名に、勾玉の木、とあって、やっぱりそうだよね、と納得しました。日本に植生はしないので、勾玉がカシューナッツを模したものである確率はないでしょうが、これほど形、大きさが似ているとは。そもそも勾玉の形は何を表したものなのかにも諸説ありますが。なんとも神秘的で不思議です。分かりやすい直線でもなく、円でも球でもない。微妙に曲がった、小さくて美しいもの。分かりやすくないもの。日本独特の美なのかもしれません。 魏志倭人伝には、邪馬台国が魏へと贈った勾玉が、孔青大句珠二枚(穴が空いて曲がった青い大きな玉2個)と記されているそうで。….。ちょっと。あんまり素っ気ない書き方じゃないのさ(╯‵□′)╯︵┻━┻"穴が空いて曲がった大きな玉”を見て、魏の人々はどう感じたのでしょうか.....。少しへそが曲がった考えです。笑。勾玉の木の実食べ過ぎの副作用でしょうか。 皆様、美しい日本の春を元気にお過ごしください。タケノコ、ワラビ、フキノトウ、菜の花…🤤みんな恋しい…。 写真は、咲く直前の雪割草、スウェーデンで春を告げる花です。嬉。

めざせモンブラン⛰

めざせモンブラン⛰

このところ、数件、オンラインストアのお問い合わせフォームから送信できなかったり、お問い合わせに対するこちらからの返信が届かないといったお声をいただきました。お問い合わせいただいた際は、1日以内にはお返事をするようにしていますので、問い合わせたにもかかわらず音沙汰がないという場合は、直接メールantiktanaka@msn.comをしてみてください。お手数をおかけします。それから、ご購入の際に記入していただくお名前ですが、2通り以上の読みがある場合や、変わった読みをする場合は、ご購入手続きの際のメモの欄にカタカナで読みを書いていただけると大変助かります。国際郵便の発送ラベルが、ローマ字表記になるためです。どうぞよろしくお願いします。 名前は、大切に。人の思いがあって付けられる大事なものですから、皆様のお名前も間違いのないように教えていただけるとありがたいです。 名前といえば。あなたの名前には、どんな意味があるのと聞かれることが、たまにあるのですが。久美子→ forever beautiful child?相手→aha-…(微妙なリアクション)どうもすみません。でもそうなんだもん!という気持ちになります笑。苗字まで入れると、 forever beautiful child in the rice field笑笑もはや、アメリカの先住民の名前みたいですね。こぶしを握って立つ女。桜さんなんかだと、CherryBlossom🌸よ!相手→WOW!素敵だね!ってなるのですけれど。 その人ならではのものと言えば、文字もあります。最近は文字を書く機会が格段に少なくなってきましたが、この間、美しいお手紙をいただきました。青いインクで書かれた美しい文字の濃淡、心のこもった文が心に沁みました。これは、万年筆でしょうか、と尋ねたところ、何十年と使用しているモンブランですよ、ペンの先が斜めに削れています。との事でした。なんと。言ってみたい、かっこいいセリフ。日本の100円ボールペンも優秀ではあるけれど、インクが出なくなって文字がかすれて、しばしば、ムキーッッ(# ゚Д゚)となっている自分の姿を遠い目で思い返しました。モンブランは遠い。万年筆の濃淡の美しさは、ちょうどロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドのペイントと重なる美しさかも。お手紙を、何度も眺めつつ、そんな風にも感じました。 分かりやすく影響を受けて、モンブランで文字を書く人になりたい、と思ってひそかに中古市場をチェックしていますが、巡り会えるでしょうか。楽しみができました。そんなこんなで、日も長くなり、冬眠から覚めたガマガエルのように、のっそりのっそりと、私も光に向かっています。数か月間、深淵に沈んでいた人が、いきなりモンブランを狙っております。とんでもない高低差です。 自然を愛する日本の友が、今年の啓蟄は3月5日らしいよと教えてくれました。啓蟄とは、毎年日にちが決まっているのではないんですね。すべてが美しく"もえいづるはる"に向かって、ガマガエルものそりのそりと進みます。

めざせモンブラン⛰

このところ、数件、オンラインストアのお問い合わせフォームから送信できなかったり、お問い合わせに対するこちらからの返信が届かないといったお声をいただきました。お問い合わせいただいた際は、1日以内にはお返事をするようにしていますので、問い合わせたにもかかわらず音沙汰がないという場合は、直接メールantiktanaka@msn.comをしてみてください。お手数をおかけします。それから、ご購入の際に記入していただくお名前ですが、2通り以上の読みがある場合や、変わった読みをする場合は、ご購入手続きの際のメモの欄にカタカナで読みを書いていただけると大変助かります。国際郵便の発送ラベルが、ローマ字表記になるためです。どうぞよろしくお願いします。 名前は、大切に。人の思いがあって付けられる大事なものですから、皆様のお名前も間違いのないように教えていただけるとありがたいです。 名前といえば。あなたの名前には、どんな意味があるのと聞かれることが、たまにあるのですが。久美子→ forever beautiful child?相手→aha-…(微妙なリアクション)どうもすみません。でもそうなんだもん!という気持ちになります笑。苗字まで入れると、 forever beautiful child in the rice field笑笑もはや、アメリカの先住民の名前みたいですね。こぶしを握って立つ女。桜さんなんかだと、CherryBlossom🌸よ!相手→WOW!素敵だね!ってなるのですけれど。 その人ならではのものと言えば、文字もあります。最近は文字を書く機会が格段に少なくなってきましたが、この間、美しいお手紙をいただきました。青いインクで書かれた美しい文字の濃淡、心のこもった文が心に沁みました。これは、万年筆でしょうか、と尋ねたところ、何十年と使用しているモンブランですよ、ペンの先が斜めに削れています。との事でした。なんと。言ってみたい、かっこいいセリフ。日本の100円ボールペンも優秀ではあるけれど、インクが出なくなって文字がかすれて、しばしば、ムキーッッ(# ゚Д゚)となっている自分の姿を遠い目で思い返しました。モンブランは遠い。万年筆の濃淡の美しさは、ちょうどロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドのペイントと重なる美しさかも。お手紙を、何度も眺めつつ、そんな風にも感じました。 分かりやすく影響を受けて、モンブランで文字を書く人になりたい、と思ってひそかに中古市場をチェックしていますが、巡り会えるでしょうか。楽しみができました。そんなこんなで、日も長くなり、冬眠から覚めたガマガエルのように、のっそりのっそりと、私も光に向かっています。数か月間、深淵に沈んでいた人が、いきなりモンブランを狙っております。とんでもない高低差です。 自然を愛する日本の友が、今年の啓蟄は3月5日らしいよと教えてくれました。啓蟄とは、毎年日にちが決まっているのではないんですね。すべてが美しく"もえいづるはる"に向かって、ガマガエルものそりのそりと進みます。

キアロスクーロ!🪄

キアロスクーロ!🪄

美術においての明暗、対比の表現。キアロスクーロChiaroscuroはイタリア語で、美術における明暗を指す言葉だそうです。きあろすくーろ。きあろすくーろ。口に出すと呪文のような響きの面白さを感じます。 明暗、光と影の対比が印象的な絵画と言えばおそらく思い浮かぶ有名なレンブラントやルーベンス。彼らの絵画にも影響を与えたとされる、カラバッジオ(1571‐1610)。彼によって明暗、光と影の表現が劇的に発展したそうです。この人。自らの人生のキアロスクーロも劇的に衝撃的。記述を読む限りですが、荒くれ者というのか、ならず者というのか、平穏な人生を希望するなら、関わりになりたくない人、という印象を受けます。 残した芸術と、犯した過ちや罪。善か悪かだけでは、割り切れない。正しいか正しくないかで分けられない。人間にあるそんな部分。絵画では、自在にコントロールした明暗のコントラスト。一方、生き方の魂魄の混沌具合は、いとすさまじ。です。 去年末から、覗き込んだ深淵。まだ覗き込んでいます。笑。暗くて長い冬がそうさせるのか。かといって、ヨガとか瞑想とかは始めたりしませんが。しかし、長いこと暗闇にいたら、どんな小さな光でも気が付くはずです。キアロスクーロ!🪄🧙🪄

キアロスクーロ!🪄

美術においての明暗、対比の表現。キアロスクーロChiaroscuroはイタリア語で、美術における明暗を指す言葉だそうです。きあろすくーろ。きあろすくーろ。口に出すと呪文のような響きの面白さを感じます。 明暗、光と影の対比が印象的な絵画と言えばおそらく思い浮かぶ有名なレンブラントやルーベンス。彼らの絵画にも影響を与えたとされる、カラバッジオ(1571‐1610)。彼によって明暗、光と影の表現が劇的に発展したそうです。この人。自らの人生のキアロスクーロも劇的に衝撃的。記述を読む限りですが、荒くれ者というのか、ならず者というのか、平穏な人生を希望するなら、関わりになりたくない人、という印象を受けます。 残した芸術と、犯した過ちや罪。善か悪かだけでは、割り切れない。正しいか正しくないかで分けられない。人間にあるそんな部分。絵画では、自在にコントロールした明暗のコントラスト。一方、生き方の魂魄の混沌具合は、いとすさまじ。です。 去年末から、覗き込んだ深淵。まだ覗き込んでいます。笑。暗くて長い冬がそうさせるのか。かといって、ヨガとか瞑想とかは始めたりしませんが。しかし、長いこと暗闇にいたら、どんな小さな光でも気が付くはずです。キアロスクーロ!🪄🧙🪄

憑依型掃除

憑依型掃除

やらねばとやらねばと思っていた年末の掃除。困ったことに全くやる気がわいてこなくて先延ばしにしていたのですが、先日、不思議な事が起こりました。起きた時には寝不足で、掃除をする気合など微塵もなかったはずが、顔を洗った直後から、衝動的掃除が始まりました。バスルームのタイルの目地、その後もう一つのバスルーム床とトイレと水回り。キッチンの水回り、換気扇。洗濯室のカオス。次は何処をどうしましょ、と自分の脳みそは使っていないのですが、まるでプログラムされたかのように、一箇所か終わると次の掃除場所に連れて行かれて、無心に手を動かしていました。最後には、思いもよらない仕事部屋の商品整理まで始めて、段ボール箱2箱分完了。自分の行動がさっぱり理解できない一日でした。…なんか憑いてた?何かが憑いていた。誰かが降りてきた。ものすごく出来るのが。私を操って仕事をしていきました。 ここしばらく、第2次世界大戦に関するドキュメンタリーを立て続けに何本も見てしまいました。その中で、終戦間際の伏龍というのを初めて知りました。伏龍という言葉自体は、『蜀志』より、諸葛亮を例えた言葉との事。池の中にひそみ昇天の時機を待っている竜。世間に知られていないすぐれた人物のたとえ。本来の言葉の意味と悲しくかけ離れた日本軍の伏龍でした。潜水状態で浮き上がらない気分でいるところに、降りてきた謎のお掃除強制プログラムで、日常に戻ってまいりました。愁いていても、埃はたまりますが、何にもならない。しかしなあ…。やりきれない思いは消えません。 知って学ぶこと、でしょうか。掃除するのにも腰が上がらない人が、知るだの学ぶだのを口にするには、だいぶんかたはらいたしで、意識のレベルアップが必須。 池の中にひそみ昇天の時機を待っている龍。このイメージを来年のお守りにすることにします。ともすれば、流されそうな時。龍の冷たく静かな目がじっと見つめています👁👁。←怖い。 皆さま、お健やかに良いお年をお迎えください🐲🐲🐲。

憑依型掃除

やらねばとやらねばと思っていた年末の掃除。困ったことに全くやる気がわいてこなくて先延ばしにしていたのですが、先日、不思議な事が起こりました。起きた時には寝不足で、掃除をする気合など微塵もなかったはずが、顔を洗った直後から、衝動的掃除が始まりました。バスルームのタイルの目地、その後もう一つのバスルーム床とトイレと水回り。キッチンの水回り、換気扇。洗濯室のカオス。次は何処をどうしましょ、と自分の脳みそは使っていないのですが、まるでプログラムされたかのように、一箇所か終わると次の掃除場所に連れて行かれて、無心に手を動かしていました。最後には、思いもよらない仕事部屋の商品整理まで始めて、段ボール箱2箱分完了。自分の行動がさっぱり理解できない一日でした。…なんか憑いてた?何かが憑いていた。誰かが降りてきた。ものすごく出来るのが。私を操って仕事をしていきました。 ここしばらく、第2次世界大戦に関するドキュメンタリーを立て続けに何本も見てしまいました。その中で、終戦間際の伏龍というのを初めて知りました。伏龍という言葉自体は、『蜀志』より、諸葛亮を例えた言葉との事。池の中にひそみ昇天の時機を待っている竜。世間に知られていないすぐれた人物のたとえ。本来の言葉の意味と悲しくかけ離れた日本軍の伏龍でした。潜水状態で浮き上がらない気分でいるところに、降りてきた謎のお掃除強制プログラムで、日常に戻ってまいりました。愁いていても、埃はたまりますが、何にもならない。しかしなあ…。やりきれない思いは消えません。 知って学ぶこと、でしょうか。掃除するのにも腰が上がらない人が、知るだの学ぶだのを口にするには、だいぶんかたはらいたしで、意識のレベルアップが必須。 池の中にひそみ昇天の時機を待っている龍。このイメージを来年のお守りにすることにします。ともすれば、流されそうな時。龍の冷たく静かな目がじっと見つめています👁👁。←怖い。 皆さま、お健やかに良いお年をお迎えください🐲🐲🐲。