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瞑想と妄想のあいだ

瞑想と妄想のあいだ

まとまった雨が何度か降り、大量の雪がすごい勢いでとけていきます。夜に降る、久しぶりの雨の音が気になって寝そびれてしまいました。サイレントな雪に慣れた耳には、雨音も大音量に感じる不思議。庭の雪の下に埋もれていたうちの小童のおもちゃ達もワラワラと姿を現しています。お。お久しぶり~。そこにいたのか。一日一日、日も長くなって明るくなるのを感じています。あゝ、うれし。3月です。 雨音の寝不足と万年の運動不足?で肩と首がゴリゴリのカチカチになってしまいました。カチカチの肩を童に揉んでもらいながら、ゆっくり温泉に浸かれたらなあと、つぶやいていると、ヨガでもしてみたら、と言われました。ヨガ…。コーラでも飲もうかなと思っていたら、白湯をすすめられた、みたいな。私には無理です。まず、ヨガをやろうという意識までたどり着けない。遠すぎて見えない。あゝ、この遠き道程のため。 また、ある方の、瞑想は?良いわよというアドヴァイス。無理です。この雑念にまみれているのが、心地いいんです!!妄想と迷走なら大得意なんですけど。暴走する妄想族の迷走。瞑想は想定外。残念ながら断念。四露死苦!!(ここら辺はラップ調で読んでください。)あゝ、この遠き道程のため。 せめて、ご近所の散歩友達の3歳ポメちゃん🐶との散歩中にストレッチでもやってみようかと思います。これなら行けそう。~最近、ワタクシの散歩の際の侍者が、散歩の途中に立ち止まって、変な動きを始めるんです。人間とは本当に珍奇な生き物ですね。ポメ様談🐶~ さあ、3月も五十肩をぶん回しながらブイブイ飛ばしていくわよ~。(言うほどスピードは出ない)(迷走なので行先も定かではない) 皆様におかれましては、どうぞ安全運転で。 写真は、2月の寒い日に庭の裏に現れたヘラジカ様。神々しい✨

瞑想と妄想のあいだ

まとまった雨が何度か降り、大量の雪がすごい勢いでとけていきます。夜に降る、久しぶりの雨の音が気になって寝そびれてしまいました。サイレントな雪に慣れた耳には、雨音も大音量に感じる不思議。庭の雪の下に埋もれていたうちの小童のおもちゃ達もワラワラと姿を現しています。お。お久しぶり~。そこにいたのか。一日一日、日も長くなって明るくなるのを感じています。あゝ、うれし。3月です。 雨音の寝不足と万年の運動不足?で肩と首がゴリゴリのカチカチになってしまいました。カチカチの肩を童に揉んでもらいながら、ゆっくり温泉に浸かれたらなあと、つぶやいていると、ヨガでもしてみたら、と言われました。ヨガ…。コーラでも飲もうかなと思っていたら、白湯をすすめられた、みたいな。私には無理です。まず、ヨガをやろうという意識までたどり着けない。遠すぎて見えない。あゝ、この遠き道程のため。 また、ある方の、瞑想は?良いわよというアドヴァイス。無理です。この雑念にまみれているのが、心地いいんです!!妄想と迷走なら大得意なんですけど。暴走する妄想族の迷走。瞑想は想定外。残念ながら断念。四露死苦!!(ここら辺はラップ調で読んでください。)あゝ、この遠き道程のため。 せめて、ご近所の散歩友達の3歳ポメちゃん🐶との散歩中にストレッチでもやってみようかと思います。これなら行けそう。~最近、ワタクシの散歩の際の侍者が、散歩の途中に立ち止まって、変な動きを始めるんです。人間とは本当に珍奇な生き物ですね。ポメ様談🐶~ さあ、3月も五十肩をぶん回しながらブイブイ飛ばしていくわよ~。(言うほどスピードは出ない)(迷走なので行先も定かではない) 皆様におかれましては、どうぞ安全運転で。 写真は、2月の寒い日に庭の裏に現れたヘラジカ様。神々しい✨

更新してくださ~い

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☆オンラインストアからお問い合わせいただいた際、こちらからお問い合わせフォームにお返事する時とメールでお返事する場合があります。メールは時々お迷惑メールに分類されてしまいますので、数日経っても何の返事もないという場合は、迷惑メールを確認してみてください。☆それから、お品の発送の際、国際郵便の宛名書きがローマ字表記になりますので、お名前に読み方が2通り以上ある場合は、購入手続きのメモ欄にお名前の読みを書いていただくとありがたいです。日本は地名も苗字も名前も多様なことに驚きます。よろしくお願いいたします。 さて、1月の終わり。皆さまいかがお過ごしでしょうか。ご近所のワンコのお供で今日もお散歩。写真は雪の上の足跡。人間、鳥、犬、猫、イノシシ、鹿、野ウサギ、リス、みんなが残す雪の上の足跡。毎日同じ道筋を行く人、毎日新しい道を選ぶ人。歩幅も様々。様々な足跡が、毎日追加されて、溶けずに残っています。新しい雪が降ればまた真っ白に更新されて、そのうちドロドロになって溶けていくみんなの足跡。 気温が低い日に雪の上を歩くとキシキシ、ギュッギュッという音がします。あまり寒くて雪も乾燥している時。片栗粉の状態。スウェーデン語ではこの雪を踏んだ時に鳴る音を、knarrar と表現するらしいです。クナーッラールって感じの発音です。Rの発音がまず過ぎて、私が言っても多分通じない。笑。地球の北の国。鶏は、クックルクーと泣きます。タコとイカはBläckfiskといい、一緒くたの名前にされる強引ぶりです。身もふたもなくタコもイカもない。興味のあること、生活に関係が深い物事に関しては、とことん細分化して、言葉が作られ名前が付けられていくのはとても興味深いです。 さて、続いては、北欧にお住いの10代の男の子を持つお母さまからの相談です。「最近、高校生の次男に人生初の彼女ができました。とても性格の良い同級生で、私も喜んでいました。最近、彼女のお宅に深夜近くまでお邪魔することが多くなり、私は次男になるべく早く帰るように注意しました。そうしましたら、なんで??と質問されました。昭和の日本生まれの私は、ぽかんとして、一瞬答えに詰まってしまいました。苦し紛れになんでもへちまもないと言いましたら、何でへちま?と聞かれる始末です。彼はへちまを知りません。次男曰く、彼女の家族は全く気にしていない、私が心配しすぎ、だそうです。私の考えが時代遅れなのでしょうか。」というご相談です。はい、これはお母さまが、文化の違いと時代の流れをご自分の中で更新できてないということができるかと思います。確かにあなたは、人に迷惑をかけないようにと言われながら大きくなりました。人に迷惑をかけることに、罪悪感や嫌悪感さえ感じているのでしょう。なんで?と考える前にその迷惑となるかもしれない行動を事前回避するようにインプットされているといえます。しかし、今あなたが住んでいる国の文化は、迷惑と感じたら、ちゃんと面と向かって相手に自分の思いを伝える国です。彼女のご家族が次男君に帰ってほしい場合は、ちゃんと彼にそのことを伝えるでしょう。彼女の性格がとても良いとのことですので、彼女の親御さんが、#娘の友達が我が家にいつも遅くまで入り浸って疲れるんだけどww、とSNS等でつぶやかれる心配もないかと思われます。それから、小さかった次男君もこれから大人になります。お母さまも、そろそろ彼の手を放す心の準備をしていきましょう。へちまは、北欧に自生しませんので北欧生まれの子が知らないのは仕方ありません。教えてあげてください。へちまたわし等は実用もできるのでお勧めです。へちまは食べてもおいしいです。 皆様はどうお感じになりますでしょうか。天空の城ラピュタで、ドーラがシータに、飛行船の見張り台から降りてこいと言ったとき、シータは、なぜ?と聞き返しました。ドーラが一瞬、ぽかん、とした顔をします。なぜって、あんたは女の子だよ。 多分なんでもへちまもないんです。そして親の過剰な心配は子供にとっては、へちまの皮。

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1月、雪あり

1月、雪あり

12月、雪なし、なんて言っていたらお正月過ぎて、いきなりまとめていらっしゃいました。

1月、雪あり

12月、雪なし、なんて言っていたらお正月過ぎて、いきなりまとめていらっしゃいました。

12月30日快晴強風マイナス2℃雪なし12時05分

12月30日快晴強風マイナス2℃雪なし12時05分

12月30日、お昼の12時過ぎでこの影の長さです。もう太陽が沈み支度。はやいがな。動いているのは地球のほうですが。太陽の周りをもう何周したのかわからない大きな木2本の影に挟まれた、6周と4分の1廻ったところの人間の子供の影。皆に新しい年はやってきて、また気持ちを新たにスタートです。明後日からまた皆で一緒に太陽の周りをもう一周、回り始めます。食べながら、寝ながら、ケンカしながら、笑いながら、愚痴りながら、泣きながら?たくさんの人生とその悲喜こもごもをのせて。 家電フル稼働にしてブレーカーが落ちたのに停電と思い込んで暗闇の中蝋燭を灯してしばらく過ごしていたり、新しく買った加湿器が優秀でタンクがいっぱいになる度にウヒヒと喜んだり、またナッツばかり食べすぎて止まらなくなっていたり(いくら食べても冬眠はしない。安売りだったので意地汚く何袋も買ってしまい、無くなるまで食べてしまうダメっぷり)師走もいつもと同じく全くどうでもいいことの積み重ねで、私の2025年は終わっていきます。 学びも、前進も、あったかなかったか怪しげなワタクシの1年、太陽の周り1周。つつがなく過ごせたことはありがたいことです。 皆様の2025年は、いかがでしたか。幸せな1年であったことを願っています。そうでなかった方には、来る新しい年、新たな1周が良い1周になりますように。 今年もありがとうございました。良いお年をお迎えください!ひひーん!🐎かもーん!

12月30日快晴強風マイナス2℃雪なし12時05分

12月30日、お昼の12時過ぎでこの影の長さです。もう太陽が沈み支度。はやいがな。動いているのは地球のほうですが。太陽の周りをもう何周したのかわからない大きな木2本の影に挟まれた、6周と4分の1廻ったところの人間の子供の影。皆に新しい年はやってきて、また気持ちを新たにスタートです。明後日からまた皆で一緒に太陽の周りをもう一周、回り始めます。食べながら、寝ながら、ケンカしながら、笑いながら、愚痴りながら、泣きながら?たくさんの人生とその悲喜こもごもをのせて。 家電フル稼働にしてブレーカーが落ちたのに停電と思い込んで暗闇の中蝋燭を灯してしばらく過ごしていたり、新しく買った加湿器が優秀でタンクがいっぱいになる度にウヒヒと喜んだり、またナッツばかり食べすぎて止まらなくなっていたり(いくら食べても冬眠はしない。安売りだったので意地汚く何袋も買ってしまい、無くなるまで食べてしまうダメっぷり)師走もいつもと同じく全くどうでもいいことの積み重ねで、私の2025年は終わっていきます。 学びも、前進も、あったかなかったか怪しげなワタクシの1年、太陽の周り1周。つつがなく過ごせたことはありがたいことです。 皆様の2025年は、いかがでしたか。幸せな1年であったことを願っています。そうでなかった方には、来る新しい年、新たな1周が良い1周になりますように。 今年もありがとうございました。良いお年をお迎えください!ひひーん!🐎かもーん!

ウフフトホホワハハ

ウフフトホホワハハ

冬眠しているわけではありません。ただ滞って。頭の回転から手足の血管の血流までまんべんなく滞っております。冬ですから。冬はいつも同じ事をぼやいて鬱陶しくてどうもすみません。 太陽の光を浴びたのは何日前だったか。雪はなく、自分が履いている極厚靴下みたいな空から時々雨が降ってくる。暗くて長い冬に突入しています。そんなに寒くはないです。とにかく光が足りないので、太陽の光を求めて以前も書いた例の黄色いサフランパンを焼き(丁寧な暮らし猛アピール)、それから家の中に光を灯して。と思ったら、クリスマス時期に飾るランプのひとつが壊れていて灯らなかったです。なんでもかんでもすぐに壊れすぎではないかよう( ゚Д゚)と思って、でもよく考えたら10年は使っていたので、そんな頃合いかとも納得しました。今年は残ったもうひとつのランプで。買わんのかーい。思いついて、ひとつのランプをテーブルに置いて、部屋の明かりを消して夕飯を食べました。18世紀ごっこ。これなら部屋の隅々まで見えないし、窓の汚れも気にならないね。昔の人は、これくらいの明るさで、ジャガイモとかニシンの酢漬けとかクネッケ(薄い固いパン)とか食べてたんだね。冬は暖炉に集まって、編み物したり、木彫りしたりするしかなかったね。木で馬彫ったり、熊彫ったり。だからIKEAができたんじゃない(そうか?)とかいつもよりおしゃべりをしていました。 長らく気まぐれについたり消えたりしていた庭の外灯が、ある日を境にさっぱりつかなくなったので、いよいよ様子を見てみるかと薄暗い中、古い脚立を引っ張り出して開く際に、左の親指をピンポイントで強打してしてしまいました。本当に痛いときは、声も出ない。2週間以上経っても指の一部がしびれているのでヒビが入ってしまったのか。指の痛みを得ましたが、外灯が点かなくなった理由はわからずじまいでした。こんなこともある。病院に電話して予約するのも、電気屋さんを呼ぶこともやる気が出ない。とほほ。 でも大丈夫。17世紀から18世紀のガラスの小さな花瓶を手に入れました。うふふ。薄いピンクの誰が作ったかわからないガラス。ブランドも、窯もない、自由なガラスは、その姿だけです。それが美しいと思う人、思わない人。価値があると思う人、もらったっていらないと思う人。でも、私はそれが美しいと思う。こないだどこかで、偽物の皿なんてこの世に存在しない、どんな皿でも皿なのだ、と書かれていて痛快でした。いわゆる偽物といわゆる本物、どちらに自分の心が動かされるか。”偽物”に心を動かされたとしてもそれもありだと思います。”偽物”か”本物”か見分けられないというのはまたあれですけれど。 明るいばかりでは見えないもの、暗い中で見えてくるもの、目が慣れると見えてくること。幸せばかりでは、ぼやけてしまうもの。痛みばかりだと忘れてしまうこと。感動する瞬間の気持ちと心の動きが何より尊いこの頃。優しい人の心に出会っても、すぐに涙目になる年頃。正しいか正しくないかだけの世界にいるのは、トホホです。薄暗いと部屋の隅のほこりが見えないんです。ウフフ。もう全部、仄暗闇に包んじゃってください。ワハハ。 親愛なる皆さまにおかれましては、どうぞ煌びやかで華やかな楽しい年末年始をお過ごしください! おらさの田舎の幼馴染から連絡があって、櫟の木切って、ちょっとねかせてからたまぎりして、来春コマうちするってえ。2年後にしいたけ収穫予定だけんども、最近はうまく育たないこともあるからどうなることやらって。(しいたけ専門用語がわからんべえ。)12月のニュースもたのしみにしてるでよおって。にわか丁寧な暮らしびとは、パン焼くぐらいで、とてもとても木から切ってのしいたけのこまうちなんぞはできんでよう。ありゃまいった本物だよう。 ワハハ!

ウフフトホホワハハ

冬眠しているわけではありません。ただ滞って。頭の回転から手足の血管の血流までまんべんなく滞っております。冬ですから。冬はいつも同じ事をぼやいて鬱陶しくてどうもすみません。 太陽の光を浴びたのは何日前だったか。雪はなく、自分が履いている極厚靴下みたいな空から時々雨が降ってくる。暗くて長い冬に突入しています。そんなに寒くはないです。とにかく光が足りないので、太陽の光を求めて以前も書いた例の黄色いサフランパンを焼き(丁寧な暮らし猛アピール)、それから家の中に光を灯して。と思ったら、クリスマス時期に飾るランプのひとつが壊れていて灯らなかったです。なんでもかんでもすぐに壊れすぎではないかよう( ゚Д゚)と思って、でもよく考えたら10年は使っていたので、そんな頃合いかとも納得しました。今年は残ったもうひとつのランプで。買わんのかーい。思いついて、ひとつのランプをテーブルに置いて、部屋の明かりを消して夕飯を食べました。18世紀ごっこ。これなら部屋の隅々まで見えないし、窓の汚れも気にならないね。昔の人は、これくらいの明るさで、ジャガイモとかニシンの酢漬けとかクネッケ(薄い固いパン)とか食べてたんだね。冬は暖炉に集まって、編み物したり、木彫りしたりするしかなかったね。木で馬彫ったり、熊彫ったり。だからIKEAができたんじゃない(そうか?)とかいつもよりおしゃべりをしていました。 長らく気まぐれについたり消えたりしていた庭の外灯が、ある日を境にさっぱりつかなくなったので、いよいよ様子を見てみるかと薄暗い中、古い脚立を引っ張り出して開く際に、左の親指をピンポイントで強打してしてしまいました。本当に痛いときは、声も出ない。2週間以上経っても指の一部がしびれているのでヒビが入ってしまったのか。指の痛みを得ましたが、外灯が点かなくなった理由はわからずじまいでした。こんなこともある。病院に電話して予約するのも、電気屋さんを呼ぶこともやる気が出ない。とほほ。 でも大丈夫。17世紀から18世紀のガラスの小さな花瓶を手に入れました。うふふ。薄いピンクの誰が作ったかわからないガラス。ブランドも、窯もない、自由なガラスは、その姿だけです。それが美しいと思う人、思わない人。価値があると思う人、もらったっていらないと思う人。でも、私はそれが美しいと思う。こないだどこかで、偽物の皿なんてこの世に存在しない、どんな皿でも皿なのだ、と書かれていて痛快でした。いわゆる偽物といわゆる本物、どちらに自分の心が動かされるか。”偽物”に心を動かされたとしてもそれもありだと思います。”偽物”か”本物”か見分けられないというのはまたあれですけれど。 明るいばかりでは見えないもの、暗い中で見えてくるもの、目が慣れると見えてくること。幸せばかりでは、ぼやけてしまうもの。痛みばかりだと忘れてしまうこと。感動する瞬間の気持ちと心の動きが何より尊いこの頃。優しい人の心に出会っても、すぐに涙目になる年頃。正しいか正しくないかだけの世界にいるのは、トホホです。薄暗いと部屋の隅のほこりが見えないんです。ウフフ。もう全部、仄暗闇に包んじゃってください。ワハハ。 親愛なる皆さまにおかれましては、どうぞ煌びやかで華やかな楽しい年末年始をお過ごしください! おらさの田舎の幼馴染から連絡があって、櫟の木切って、ちょっとねかせてからたまぎりして、来春コマうちするってえ。2年後にしいたけ収穫予定だけんども、最近はうまく育たないこともあるからどうなることやらって。(しいたけ専門用語がわからんべえ。)12月のニュースもたのしみにしてるでよおって。にわか丁寧な暮らしびとは、パン焼くぐらいで、とてもとても木から切ってのしいたけのこまうちなんぞはできんでよう。ありゃまいった本物だよう。 ワハハ!

トライアルアンドエラー

トライアルアンドエラー

こちらの学校の保護者の集まりで以前、ひとりのお父さんの腕に漢字で「家庭」といタトゥーが彫られているのを見ました。タトゥーは、こちらの人々にとってはおしゃれの一つで、好きな人はしています。おそらく50歳くらいから下の世代に多く見られる。鼻ピアスでも、へそピアスでも、モヒカンでも、大いに楽しんでいます。保育園の先生のうなじには蝶々がいた。私は自分では今だけ無料で入れてあげると言われても入れる気はないけれど、ネガティブな感情もないです。 おそらく、そのお父さんは、家庭第一の良きお父さんで、家族を愛するあまり、漢字でFamilj/Familyというタトゥーを入れるに至った。家庭…。自分の愛する家族を語るにはやはり少々言葉が固すぎまいか。おそらく、日本語的にしっくりとくるのは、「家庭」という新漢語ではなく、「家族」のほうだったかもしれない。もしくは、もうすこしひねって「家内安全」でもよかったかもしれない。鍛えられたムキムキの片腕に「家内安全」、もう片方の腕に「無病息災」。笑。やり直しがきくことは、またやり直せばいいけれど。でも、そのお父さんがこの先、家庭と家族の日本語の意味合いの微妙な違いを理解して、これではなかったのかもしれないと後悔することは、まずないと思うので、何の問題もありません。四文字熟語のタトゥーがあるとしたら、その人となりをタトゥーが語りそうで面白そうです。一期一会。疑心暗鬼。諸行無常。支離滅裂。 外国の言葉を表す日本語は、明治期にたくさん作られたそうですが、「家庭」もその一つです。社会とか、自由とか意識とか。「愛情」もそうでしょうか。外国のアーティストが、日本の人に向けて「愛してます」ということがあります。その気持ちはうれしくなるけれど、同時にいつもちょっとむず痒い違和感を感じます。そんなのは、そんな具合に口にするもんじゃねえだよ、そんなものはしみじみと感じたり察するもので、そんなむき出しで出されたら困っちまうでねえかよお、とお熊ばあさん(鬼平犯科帳の)なら言いそうです。令和に生きる日本の若い世代は、愛という言葉にもっと慣れて、照れなんか感じないのかな。愛ということばを普段から良く口にするヨーロッパにも、どこの国でも、子供の一部にガキんちょというのがいます。小学校のだいたい3~4年生が多い気がする。例えば時々、こちらが1人で、向こうが2から4人ぐらいの場合、ニーハオニーハオと言ってくる子供がいます。東洋人と見るやニーハオのガキんちょ。イッツオートマティック♪マイノリティの人をからかって、その反応を楽しみに待っている目というのは、子供であっても独特な美しくない目をしています。こういう時、他者に対してリスペクトのないガキんちょへの最善の対応を常々考えているのですが、まだまだ、これぞ✨というものが見いだせずにいます。笑。どうにかしてぎゃふんと、ではなく笑。分からせたいのだけれど。こないだ、公園で遊んでいた3人の少年たちが、公園の外の歩道を歩いていた私に向かって、ニーハオニーハオ声をかけてきました。私は、その子と目を合わせたまま、表情を変えずに、その子が乗っていたブランコの近くまで歩いていきました。そして、私の黒い目でその子の青い目をしばらくじーっと見つめてから、Hej、とあいさつしました。その子は何とも居心地悪そうに、手を私に振りました。さて。危なくて怖いアジアのおばちゃんバージョン、成功か失敗か。おびえさせたかもしれないので、多分、失敗。愛を持って教え、導くべきなのです。難しいです。笑。 誰かこの子に教えてあげとくれ。他人に対する敬意を。願わくば、この子がこの先理解しますように。あんまり期待はしすぎませんが。安心と愛情があふれた家庭/環境で、優しさや思いやりを身に着けてください。まだ、間に合うぞガキんちょ!世界はスウェーデンより広いぞ! 16歳日本男子ウプサラ生まれも、数日後同じように声をかけられたらしく(私が会った子と同じ子ではなさそう)、その子の前に行って、人差し指を立てて(中指じゃないですよ、良く聞けよという意味の人差し指。って、何でしょう、この注釈。笑)目を見ながら、そういうことをするな、と言ったら、「分かった、ごめん」、って言ってたよ、と報告してきました。何と。おぬし、やりおるな。

トライアルアンドエラー

こちらの学校の保護者の集まりで以前、ひとりのお父さんの腕に漢字で「家庭」といタトゥーが彫られているのを見ました。タトゥーは、こちらの人々にとってはおしゃれの一つで、好きな人はしています。おそらく50歳くらいから下の世代に多く見られる。鼻ピアスでも、へそピアスでも、モヒカンでも、大いに楽しんでいます。保育園の先生のうなじには蝶々がいた。私は自分では今だけ無料で入れてあげると言われても入れる気はないけれど、ネガティブな感情もないです。 おそらく、そのお父さんは、家庭第一の良きお父さんで、家族を愛するあまり、漢字でFamilj/Familyというタトゥーを入れるに至った。家庭…。自分の愛する家族を語るにはやはり少々言葉が固すぎまいか。おそらく、日本語的にしっくりとくるのは、「家庭」という新漢語ではなく、「家族」のほうだったかもしれない。もしくは、もうすこしひねって「家内安全」でもよかったかもしれない。鍛えられたムキムキの片腕に「家内安全」、もう片方の腕に「無病息災」。笑。やり直しがきくことは、またやり直せばいいけれど。でも、そのお父さんがこの先、家庭と家族の日本語の意味合いの微妙な違いを理解して、これではなかったのかもしれないと後悔することは、まずないと思うので、何の問題もありません。四文字熟語のタトゥーがあるとしたら、その人となりをタトゥーが語りそうで面白そうです。一期一会。疑心暗鬼。諸行無常。支離滅裂。 外国の言葉を表す日本語は、明治期にたくさん作られたそうですが、「家庭」もその一つです。社会とか、自由とか意識とか。「愛情」もそうでしょうか。外国のアーティストが、日本の人に向けて「愛してます」ということがあります。その気持ちはうれしくなるけれど、同時にいつもちょっとむず痒い違和感を感じます。そんなのは、そんな具合に口にするもんじゃねえだよ、そんなものはしみじみと感じたり察するもので、そんなむき出しで出されたら困っちまうでねえかよお、とお熊ばあさん(鬼平犯科帳の)なら言いそうです。令和に生きる日本の若い世代は、愛という言葉にもっと慣れて、照れなんか感じないのかな。愛ということばを普段から良く口にするヨーロッパにも、どこの国でも、子供の一部にガキんちょというのがいます。小学校のだいたい3~4年生が多い気がする。例えば時々、こちらが1人で、向こうが2から4人ぐらいの場合、ニーハオニーハオと言ってくる子供がいます。東洋人と見るやニーハオのガキんちょ。イッツオートマティック♪マイノリティの人をからかって、その反応を楽しみに待っている目というのは、子供であっても独特な美しくない目をしています。こういう時、他者に対してリスペクトのないガキんちょへの最善の対応を常々考えているのですが、まだまだ、これぞ✨というものが見いだせずにいます。笑。どうにかしてぎゃふんと、ではなく笑。分からせたいのだけれど。こないだ、公園で遊んでいた3人の少年たちが、公園の外の歩道を歩いていた私に向かって、ニーハオニーハオ声をかけてきました。私は、その子と目を合わせたまま、表情を変えずに、その子が乗っていたブランコの近くまで歩いていきました。そして、私の黒い目でその子の青い目をしばらくじーっと見つめてから、Hej、とあいさつしました。その子は何とも居心地悪そうに、手を私に振りました。さて。危なくて怖いアジアのおばちゃんバージョン、成功か失敗か。おびえさせたかもしれないので、多分、失敗。愛を持って教え、導くべきなのです。難しいです。笑。 誰かこの子に教えてあげとくれ。他人に対する敬意を。願わくば、この子がこの先理解しますように。あんまり期待はしすぎませんが。安心と愛情があふれた家庭/環境で、優しさや思いやりを身に着けてください。まだ、間に合うぞガキんちょ!世界はスウェーデンより広いぞ! 16歳日本男子ウプサラ生まれも、数日後同じように声をかけられたらしく(私が会った子と同じ子ではなさそう)、その子の前に行って、人差し指を立てて(中指じゃないですよ、良く聞けよという意味の人差し指。って、何でしょう、この注釈。笑)目を見ながら、そういうことをするな、と言ったら、「分かった、ごめん」、って言ってたよ、と報告してきました。何と。おぬし、やりおるな。