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朝の空
昨日の朝は、まだ暗いうち、AM7:30に車で出かけました。暁闇から、日の出の前から空が色付き始めるそのひととき…。降りやみつつある細かな小雨は車のヘッドライトに照らされて銀色。 その車窓からの風景を見る、隣に座る12歳女子から出た言葉は、"何か、エモっっ❤!"私は大笑いして、次に妙に感心し、新しい世代は、ヤバっ、エグっ、エモっ、キモっ、を知っていれば、この3文字の活用で一日の他者とのコミュニケーションを乗り切れるのかもしれないと感心しました。 エグい早起き、たたき起こされて。エモい朝焼けを見た。ヤバいくらい感動して。キモい鳥肌が立った。 どうでしょう、このポエム。ダメか。 主語がないので、そなたがエモいのか、こなたがエモいのか、どなたがエモいのか。もしくは総じてすべてがエモいを共有するのか。一体化するのか。エモいは、すでに広辞苑に載っているのでしょうか。(広辞苑世代、笑) ひとしきり感心した後に、もっと本を読んだら、この美しい夜明けの情景を、美しい日本の言葉たちで表現できるようになるでしょう、と12歳女子に伝えました。 でも確かに、ある美しい夜明けに二人で共感できたのです。その言葉で。心に触れた、細かな雨と朝焼けが、エモくした。あなたも、私も。促音含め短い3文字で、そこまで共感できるということにびっくりします。 エグいほど、きれい。ヤバいくらい、美味しい。肯定な意味にも使われるという強引な柔軟さ。さらに、えっぐ!やっば!などの促音の位置の変化で、ますます強調されるようです。 このような言葉を普段自分で使わななくても、この強調を汲み取れるのは何故なのでしょう。不思議な日本語。 私の推しは、アンティークのマイセン❤エモい。 今日は、何年かぶりにお城のクリスマスマーケットに行きました。15歳男子は、渋いおっちゃんの屋台で、鹿の干し肉を購入。彼の先々の夢は猟師と自給自足。家に着いて、早速マイナイフで肉を削っていました。 写真はお城の横にある教会。帰りに寄り道してごあいさつ。祈りの場は、いつも誰でも迎えてくれます。 皆様、どうぞお健やかに、一年最後の月をお過ごしください。
朝の空
昨日の朝は、まだ暗いうち、AM7:30に車で出かけました。暁闇から、日の出の前から空が色付き始めるそのひととき…。降りやみつつある細かな小雨は車のヘッドライトに照らされて銀色。 その車窓からの風景を見る、隣に座る12歳女子から出た言葉は、"何か、エモっっ❤!"私は大笑いして、次に妙に感心し、新しい世代は、ヤバっ、エグっ、エモっ、キモっ、を知っていれば、この3文字の活用で一日の他者とのコミュニケーションを乗り切れるのかもしれないと感心しました。 エグい早起き、たたき起こされて。エモい朝焼けを見た。ヤバいくらい感動して。キモい鳥肌が立った。 どうでしょう、このポエム。ダメか。 主語がないので、そなたがエモいのか、こなたがエモいのか、どなたがエモいのか。もしくは総じてすべてがエモいを共有するのか。一体化するのか。エモいは、すでに広辞苑に載っているのでしょうか。(広辞苑世代、笑) ひとしきり感心した後に、もっと本を読んだら、この美しい夜明けの情景を、美しい日本の言葉たちで表現できるようになるでしょう、と12歳女子に伝えました。 でも確かに、ある美しい夜明けに二人で共感できたのです。その言葉で。心に触れた、細かな雨と朝焼けが、エモくした。あなたも、私も。促音含め短い3文字で、そこまで共感できるということにびっくりします。 エグいほど、きれい。ヤバいくらい、美味しい。肯定な意味にも使われるという強引な柔軟さ。さらに、えっぐ!やっば!などの促音の位置の変化で、ますます強調されるようです。 このような言葉を普段自分で使わななくても、この強調を汲み取れるのは何故なのでしょう。不思議な日本語。 私の推しは、アンティークのマイセン❤エモい。 今日は、何年かぶりにお城のクリスマスマーケットに行きました。15歳男子は、渋いおっちゃんの屋台で、鹿の干し肉を購入。彼の先々の夢は猟師と自給自足。家に着いて、早速マイナイフで肉を削っていました。 写真はお城の横にある教会。帰りに寄り道してごあいさつ。祈りの場は、いつも誰でも迎えてくれます。 皆様、どうぞお健やかに、一年最後の月をお過ごしください。
朽ちていく過程
北のヨーロッパの城の庭で、木の葉隠れの術の習得をめざす5歳。いつまで待っても敵は現れなかった。 朽ちてまた土になるたくさんの葉っぱ。針葉樹を除いて、木々は寒々しい姿。夏時間も終わり、また、暗くて長い冬がやってきます。 築48年の家は、待ったなしで屋根瓦を葺き替える頃合いのようです。屋根のエキスパートに屋根の様子を診てもらったところ、苔が生えてるし、ヒビも入ってるし、瓦一枚飛んでます、もうすぐ穴が空きそうです。一言で言うと、終わってます。との事でした。…ちーん。朽ちてゆく屋根。後日届けられた恐怖の見積もり書を開いてびっくり仰天。ちょーっと、返事は待ってもらえますか、ウフフ。と言って一旦お断り。 お客様の皆さま。これ、ずっとあるけど売れてないわでも高いわちょっと欲しいけど。というお品がありましたら今値下げ交渉のチャンスです。 (破れ屋根から現実逃避したい時、スウェーデンの不動産仲介会社のhemnetのインスタグラムを開きます。売りに出されている家々の素敵でおしゃれな事と言ったら。ザ、北欧のお洒落な暮らしの家が次から次へ現れます。そこに住んでいる妄想、をするのがとても楽しいです。インテリアの参考にもなるかもしれません。楽しいですよ。) 話は変わって、忍びの5歳児の通う保育園の活動が興味深く、自然の中で育ってる感を強く感じます。基本的に、雨が降っても外遊び。もう、ぐちゃぐちゃのどろどろになって、親と洗濯機が泣けてくるほどの良い仕事をして帰ってきます。冬は外気温マイナス10℃でも、基本的に外遊び。そして、先生と一緒に列をなして森の中へしばしば赴くちびっ子たち。ある春の日は、野ウサギのウンチを持ち帰り、植木鉢の土に埋めて何かが芽吹くか観察。それで、野ウサギが何の植物を食べたか判明するそうで、ハンナ先生は後日、今回は残念ながら何も芽吹かなかったと話してくれました。こないだは、リンゴの芯と、紙袋と、ゴム手袋と、空き缶の蓋とを木の板に釘で打ち付けて、森の土の中に埋め、春になったら掘り返して何が起こったかを観察するとの報告がありました。土の中で朽ちていくリンゴの芯、子供達の脳みそと好奇心は育くまれる。楽しい保育園の先生たちはイキイキ✨キラキラしています。 子供たちの上に降り注ぐものは、雨粒や、雪や、落ち葉や笑い声であってほしい。コンクリート片や粉じんや悲鳴ではなく。朽ちてゆくというのは、緩やかで自然な時間が流れた証拠かもしれません。朽ちてゆく破れ屋根、落ち込んではいられない。朽ち果てる前に何とかせねば。
朽ちていく過程
北のヨーロッパの城の庭で、木の葉隠れの術の習得をめざす5歳。いつまで待っても敵は現れなかった。 朽ちてまた土になるたくさんの葉っぱ。針葉樹を除いて、木々は寒々しい姿。夏時間も終わり、また、暗くて長い冬がやってきます。 築48年の家は、待ったなしで屋根瓦を葺き替える頃合いのようです。屋根のエキスパートに屋根の様子を診てもらったところ、苔が生えてるし、ヒビも入ってるし、瓦一枚飛んでます、もうすぐ穴が空きそうです。一言で言うと、終わってます。との事でした。…ちーん。朽ちてゆく屋根。後日届けられた恐怖の見積もり書を開いてびっくり仰天。ちょーっと、返事は待ってもらえますか、ウフフ。と言って一旦お断り。 お客様の皆さま。これ、ずっとあるけど売れてないわでも高いわちょっと欲しいけど。というお品がありましたら今値下げ交渉のチャンスです。 (破れ屋根から現実逃避したい時、スウェーデンの不動産仲介会社のhemnetのインスタグラムを開きます。売りに出されている家々の素敵でおしゃれな事と言ったら。ザ、北欧のお洒落な暮らしの家が次から次へ現れます。そこに住んでいる妄想、をするのがとても楽しいです。インテリアの参考にもなるかもしれません。楽しいですよ。) 話は変わって、忍びの5歳児の通う保育園の活動が興味深く、自然の中で育ってる感を強く感じます。基本的に、雨が降っても外遊び。もう、ぐちゃぐちゃのどろどろになって、親と洗濯機が泣けてくるほどの良い仕事をして帰ってきます。冬は外気温マイナス10℃でも、基本的に外遊び。そして、先生と一緒に列をなして森の中へしばしば赴くちびっ子たち。ある春の日は、野ウサギのウンチを持ち帰り、植木鉢の土に埋めて何かが芽吹くか観察。それで、野ウサギが何の植物を食べたか判明するそうで、ハンナ先生は後日、今回は残念ながら何も芽吹かなかったと話してくれました。こないだは、リンゴの芯と、紙袋と、ゴム手袋と、空き缶の蓋とを木の板に釘で打ち付けて、森の土の中に埋め、春になったら掘り返して何が起こったかを観察するとの報告がありました。土の中で朽ちていくリンゴの芯、子供達の脳みそと好奇心は育くまれる。楽しい保育園の先生たちはイキイキ✨キラキラしています。 子供たちの上に降り注ぐものは、雨粒や、雪や、落ち葉や笑い声であってほしい。コンクリート片や粉じんや悲鳴ではなく。朽ちてゆくというのは、緩やかで自然な時間が流れた証拠かもしれません。朽ちてゆく破れ屋根、落ち込んではいられない。朽ち果てる前に何とかせねば。
遊び人のかき揚げ
角度が下がって柔らかくなった太陽の光が、黄色くなった木の葉っぱを突き抜ける美しさ。目に心に沁みる秋です。 9月の最終日の夕ご飯。大盛の野菜と海老のかき揚げを無心に揚げて、皆であゝ美味しいね-美味しいね-と言いながらたいらげました。これは食欲の秋。ノルウェーのエビ、冷凍インゲン豆、ニンジン、マッシュルーム、ズッキーニ。青じそや、ゴボウや、レンコンや、マイタケは手に入りませんが、そこは諦めて。手に入るもので。 無心に何かをしている時は心が遊んでいる時。予期しない心の境地に入り込み、あとでふと我に返るような、心の状態。 そして、多くの人の心を動かすほどの優れたものが生まれる時というのは、きっとそんなを心を追求した時だったのではないか、とかき揚げを揚げつつ考えていました。 そんな心の瞬間が、昔のマイセンの職人さん達の絵付けにも残されています。それは、心が遊んだ状態でないと、たどり着けないと思われるもの。人の心を動かすもの。100年以上後の人の心さえこそゆるがるれ。スポーツでも、芸術でも、料理でも、その他の道でも。 人の心を動かさずとも、意味はなくとも、自分の心を遊ばせること。その心持ち、心模様は自由で美しい。遊びをせんとや、です。
遊び人のかき揚げ
角度が下がって柔らかくなった太陽の光が、黄色くなった木の葉っぱを突き抜ける美しさ。目に心に沁みる秋です。 9月の最終日の夕ご飯。大盛の野菜と海老のかき揚げを無心に揚げて、皆であゝ美味しいね-美味しいね-と言いながらたいらげました。これは食欲の秋。ノルウェーのエビ、冷凍インゲン豆、ニンジン、マッシュルーム、ズッキーニ。青じそや、ゴボウや、レンコンや、マイタケは手に入りませんが、そこは諦めて。手に入るもので。 無心に何かをしている時は心が遊んでいる時。予期しない心の境地に入り込み、あとでふと我に返るような、心の状態。 そして、多くの人の心を動かすほどの優れたものが生まれる時というのは、きっとそんなを心を追求した時だったのではないか、とかき揚げを揚げつつ考えていました。 そんな心の瞬間が、昔のマイセンの職人さん達の絵付けにも残されています。それは、心が遊んだ状態でないと、たどり着けないと思われるもの。人の心を動かすもの。100年以上後の人の心さえこそゆるがるれ。スポーツでも、芸術でも、料理でも、その他の道でも。 人の心を動かさずとも、意味はなくとも、自分の心を遊ばせること。その心持ち、心模様は自由で美しい。遊びをせんとや、です。
あなたは何色
4歳児が言うことを聞いてくれなくなった状態の時に、私が白目をむいて倒れて、お利口さんがほっぺたにチューをしてくれるまで起きない、という迫真の演技をしてうまくいったので、何度かそれを繰り返していると、ある時18歳男子に見られ、本番の時にオオカミ少年状態になるからやめて。と冷めた目で言われました。 そのような事態は、私にとっても甚だ遺憾であり、ご批判は真摯に受け止め、今後、改善に向けて努力してまいる所存であります。この行為による子供の感情面に与える悪影響を理解、反省し、親子間の信頼関係の重要性を再確認したうえで、保護者として、安易で一時的な解決の誘惑に甘んじることなく、責任感と長期的視野をもって子供の心身の成長を促し、見守って参りたいと考えております。(全く心が伝わらない反省文の例) 外を歩けば、早や、美しい秋。黄色い葉っぱ率が増えていく白樺の木。野ばらの実の力強い赤、たくさんのナナカマドの実の赤。角度が下がって弱く柔くなった陽の光。朝露が、すぐには消えず。しっとりひんやりした芝生。蜘蛛の巣に連なる露の水滴。森の中には、緑の苔の上に落ちたばかりの黄色い落ち葉、まだ緑のどんぐり、黄色や赤のキノコ、赤いリンゴンベリー、濃い青紫のブルーベリー。無彩色の冬の前のそれは美しい秋の色。 日本の古語の色を表す種類の多さには、驚くばかりですが。古語の色の表とにらめっこしながら見ると、リンゴンベリーは真紅か、蘇芳か。ブルーベリーは搗色か鉄紺。ナナカマドは緋色、白樺の黄色い葉っぱは黄蘗色、カンタレーラキノコの黄色は卵色?かつての日本の人は、皆がこの微妙な色の違いと数を見分けたのでしょうか。 人の名前にも、色は使われますね。茜とか、青葉とか、スカーレットとか。こないだの「おばあちゃんサワー」の後遺症で、スウェーデン語の面白和訳を地味に楽しんでいます。こないだのヒット作を2つ。スウェーデン出身の往年の名テニスプレーヤー、ビョルン・ボルグ。Björn Borgは、直訳で城熊。和名にすると、城熊吉または熊五郎。ハリウッドスターのスカーレット・ヨハンソン、Scarlett Johanssonはヨハンの息子んちの紅子。スカーレットは緋色に近いそうですが、彼女のイメージには紅子(べにこ)という言葉の強さが似合うと思います。どうでしょう、雲の上のスタアも和訳でグッと身近に感じられます。EricssonとかJohanssonという名字が、エリックの息子、ヨハンの息子から来ていると知って驚いたあの日。もし、ヨハンの息子の娘の義理の弟の。。と続けていたら、際限なく長い苗字になっていったかもしれません。 こんな地味な言葉遊びと妄想を楽しんでいる孤独な人に似合う色は、青鈍、または鉛色。か。
あなたは何色
4歳児が言うことを聞いてくれなくなった状態の時に、私が白目をむいて倒れて、お利口さんがほっぺたにチューをしてくれるまで起きない、という迫真の演技をしてうまくいったので、何度かそれを繰り返していると、ある時18歳男子に見られ、本番の時にオオカミ少年状態になるからやめて。と冷めた目で言われました。 そのような事態は、私にとっても甚だ遺憾であり、ご批判は真摯に受け止め、今後、改善に向けて努力してまいる所存であります。この行為による子供の感情面に与える悪影響を理解、反省し、親子間の信頼関係の重要性を再確認したうえで、保護者として、安易で一時的な解決の誘惑に甘んじることなく、責任感と長期的視野をもって子供の心身の成長を促し、見守って参りたいと考えております。(全く心が伝わらない反省文の例) 外を歩けば、早や、美しい秋。黄色い葉っぱ率が増えていく白樺の木。野ばらの実の力強い赤、たくさんのナナカマドの実の赤。角度が下がって弱く柔くなった陽の光。朝露が、すぐには消えず。しっとりひんやりした芝生。蜘蛛の巣に連なる露の水滴。森の中には、緑の苔の上に落ちたばかりの黄色い落ち葉、まだ緑のどんぐり、黄色や赤のキノコ、赤いリンゴンベリー、濃い青紫のブルーベリー。無彩色の冬の前のそれは美しい秋の色。 日本の古語の色を表す種類の多さには、驚くばかりですが。古語の色の表とにらめっこしながら見ると、リンゴンベリーは真紅か、蘇芳か。ブルーベリーは搗色か鉄紺。ナナカマドは緋色、白樺の黄色い葉っぱは黄蘗色、カンタレーラキノコの黄色は卵色?かつての日本の人は、皆がこの微妙な色の違いと数を見分けたのでしょうか。 人の名前にも、色は使われますね。茜とか、青葉とか、スカーレットとか。こないだの「おばあちゃんサワー」の後遺症で、スウェーデン語の面白和訳を地味に楽しんでいます。こないだのヒット作を2つ。スウェーデン出身の往年の名テニスプレーヤー、ビョルン・ボルグ。Björn Borgは、直訳で城熊。和名にすると、城熊吉または熊五郎。ハリウッドスターのスカーレット・ヨハンソン、Scarlett Johanssonはヨハンの息子んちの紅子。スカーレットは緋色に近いそうですが、彼女のイメージには紅子(べにこ)という言葉の強さが似合うと思います。どうでしょう、雲の上のスタアも和訳でグッと身近に感じられます。EricssonとかJohanssonという名字が、エリックの息子、ヨハンの息子から来ていると知って驚いたあの日。もし、ヨハンの息子の娘の義理の弟の。。と続けていたら、際限なく長い苗字になっていったかもしれません。 こんな地味な言葉遊びと妄想を楽しんでいる孤独な人に似合う色は、青鈍、または鉛色。か。
粒粒の循環
良い7月だった…。暑くもなく寒くもなく、心身ともに伸び伸びと過ごしました。穏やかすぎて頭のネジが普段よりもだいぶん緩んだ気がしています。いつもまでもこの気候が続くわけではないので、8月は緩んだネジを締め戻しながら参りたいと思います。ネジ回しを探すところから始めます。どこ行ったけなー。 一日の終わりの一杯、湿気のない20度前後の北欧の夏にぴったりのレシピ開発をし、毎日限定一杯🍹(自戒)楽しんでいました。ライム4分の1をグラスに絞って、そこにハチミツをティースプーン一杯溶かし、ボンベイサファイアを30ml位?、ソーダ水で割ります。鬼平のお熊ばあさんのように、これがなくちゃあ、一日が終わらねえだよう、とつぶやきながら、いただきます。ジンの味の違いが分かるわけではないので、ボンベイサファイアでなくても良いのですが、ただ、酒屋さんのジンの棚で、ボトルが涼しげだから。その後、布団の上で、良い人生だった…、ではなくて、良い一日だった…。と思いながら眠っていました。良い7月だった…。 15歳男子の釣りに付き合って、私は釣りをするでもなく、小さな波がたつ水面を眺めていると、だんだんと焦点が合わなくなり、水が地球上を循環する様が妄想されて。目の前の穏やかな湖の水面、災害の大雨、海水、川の水、恵みの雨、末期の水、命の水、汚染水、天然水、井戸水、氷河の氷、アイスコーヒーの中の氷、水道水、いつか降った黒い雨。体の中の水、脳と心臓の73%肺の83%皮膚の64%筋肉と腎臓の79%骨の31%血液の約90%の水。さっき私があくびをして出た涙の水の分子は、かつての恐竜のおしっこだったかもしれないし、かつてナイアガラの滝の水だったかもしれないし、いつかどこかの木の樹液だったかもしれない、干される前のシイタケの水分だったかもしれない。水分子だけに限らず、原子とか分子とか、すべての物資を構成する粒粒が、長い時間をかけて循環している流れを思うと、粒粒が巡り巡って形を変えているだけで、時間と空間も、様々な境界もぼやけてくる気がします。地球上の粒粒の総数は変わらず、形を変えているだけ。私を構成する原子と分子の粒粒は、私の以前には何だったか、私の後は何になるのか。私の体もそのうち、この循環の流れの輪に戻るわけで。そこから一時的に私を構成するものを借りているだけか。…粒粒だもの。そんな妄想をしていると。 水面の向こうで、バッシャーッツ!と派手な音を立てて跳ねる魚と、それを悔しそうに眺める15歳と、ぷかぷか浮かんだ雲と、涼しい風。あゝ。私の現実世界が戻ってきた。とりあえず、本日の夕飯は魚ではないようです。
粒粒の循環
良い7月だった…。暑くもなく寒くもなく、心身ともに伸び伸びと過ごしました。穏やかすぎて頭のネジが普段よりもだいぶん緩んだ気がしています。いつもまでもこの気候が続くわけではないので、8月は緩んだネジを締め戻しながら参りたいと思います。ネジ回しを探すところから始めます。どこ行ったけなー。 一日の終わりの一杯、湿気のない20度前後の北欧の夏にぴったりのレシピ開発をし、毎日限定一杯🍹(自戒)楽しんでいました。ライム4分の1をグラスに絞って、そこにハチミツをティースプーン一杯溶かし、ボンベイサファイアを30ml位?、ソーダ水で割ります。鬼平のお熊ばあさんのように、これがなくちゃあ、一日が終わらねえだよう、とつぶやきながら、いただきます。ジンの味の違いが分かるわけではないので、ボンベイサファイアでなくても良いのですが、ただ、酒屋さんのジンの棚で、ボトルが涼しげだから。その後、布団の上で、良い人生だった…、ではなくて、良い一日だった…。と思いながら眠っていました。良い7月だった…。 15歳男子の釣りに付き合って、私は釣りをするでもなく、小さな波がたつ水面を眺めていると、だんだんと焦点が合わなくなり、水が地球上を循環する様が妄想されて。目の前の穏やかな湖の水面、災害の大雨、海水、川の水、恵みの雨、末期の水、命の水、汚染水、天然水、井戸水、氷河の氷、アイスコーヒーの中の氷、水道水、いつか降った黒い雨。体の中の水、脳と心臓の73%肺の83%皮膚の64%筋肉と腎臓の79%骨の31%血液の約90%の水。さっき私があくびをして出た涙の水の分子は、かつての恐竜のおしっこだったかもしれないし、かつてナイアガラの滝の水だったかもしれないし、いつかどこかの木の樹液だったかもしれない、干される前のシイタケの水分だったかもしれない。水分子だけに限らず、原子とか分子とか、すべての物資を構成する粒粒が、長い時間をかけて循環している流れを思うと、粒粒が巡り巡って形を変えているだけで、時間と空間も、様々な境界もぼやけてくる気がします。地球上の粒粒の総数は変わらず、形を変えているだけ。私を構成する原子と分子の粒粒は、私の以前には何だったか、私の後は何になるのか。私の体もそのうち、この循環の流れの輪に戻るわけで。そこから一時的に私を構成するものを借りているだけか。…粒粒だもの。そんな妄想をしていると。 水面の向こうで、バッシャーッツ!と派手な音を立てて跳ねる魚と、それを悔しそうに眺める15歳と、ぷかぷか浮かんだ雲と、涼しい風。あゝ。私の現実世界が戻ってきた。とりあえず、本日の夕飯は魚ではないようです。
おばあちゃんサワー🍹
夏至が過ぎ、カンカン照りの晴天が数日続いた後、久しぶりに風が吹いて大雨が降りました。頭の中がすっきりするような清々しい雨でした。脳みそと心の埃を沈めてくれそうな。散歩をすると、白樺はもう種の準備がほぼ整っていて、菩提樹も小さな実をつけ、森の道には野生のブルーベリー(写真はつまみ食いの図)も実っていました。短い夏の間にすべてを滞りなく行う植物に、毎年心から感心させられます。 6月にあった、(自分にとって)ちょっと面白かった話。 女性用の小さめの懐中時計をスウェーデン語でMormorsur→直訳すると、お祖母ちゃんの懐中時計、と呼びます。Morがお母さんで、Mormorが母方のお祖母ちゃん。父方のおばあさんはFarお父さんのMorお母さんでFarmorと言うんです。これ、とても分かりやすいです。お祖母ちゃんにも2タイプあります。同じ調子でお祖父ちゃんはFarfarとMorfar。読みはカタカナで書くとモールモールとファールモールとファールファールとモールファール。以上、プチ・スウェーデン語講座でした。本題です。何かの拍子で、MormorsurがGoogle翻訳され、そこにあった訳が、おはあちゃんサワー。Mormor、+Sur(酸っぱい飲み物)と認識されて、出来上がったおばあちゃんサワー。(Mormorとurの間のsは所有格)おばあちゃんサワー🍹思いもよらない不意を突かれたパワーワードで一人でしばらく地味に笑いました。ばあちゃん秘蔵の梅と赤紫蘇シロップをスピリッツとソーダで割ったら出来そうなおばあちゃんサワー。酸っぱくて口がすぼむ。ちなみに機嫌が悪いこともSur(スール)と表現します。おばあちゃん、ちょっと今日酸っぱいね。笑。 次は、一年に一回やってくる煙突掃除屋さんが今年はサルバドール・ダリに非常に良く似たおじさんだった事。黒づくめの服のおじさんの目力と、細くて上にくるんと曲がった髭に、これはどう見ても。玄関で一瞬固まりました。家にダリが来た。ダリがうちの暖炉の煤を掃除機で吸っている、ダリがうちの屋根に上って煙突掃除をしている。ソワソワする30分でした。来年もまたダリが煙突掃除に来てくれたら嬉しいです。 先日ニュースを見ていたら、道端のルピナスを市の職員らしい人が引っこ抜く映像だったので、ニュースの解説を高2男子の通訳経由で聞いてみると、ルピナスはスウェーデンに来た外来の植物で、昨今は増えすぎる傾向にあり、引っこ抜いているとの事でした。人間の活動と移動が活発かつ広範囲になった結果として、外来の植物や動物は、どこでも問題になっているのかもしれません。 私は全くその事を知らず、ルピナスは姿も色もきれいで、昔からのスウェーデンの初夏の風景の一部だと思っていたのでびっくりしました。ルピナスが好きなので、以前、園芸屋さんでわざわざ苗を買って自分の庭に植えてみたのですが、うまく育ちませんでした。道端には勝手に増えていくのに、うちの庭はルピナスのお気に召さなかったのでしょうか。 ルピナスさん、という絵本があって、それは、世界を美しくするためにルピナスの種を世界中に撒いて回ったルピナスさんの話だったような。あれは、現実的に見ると、所かまわず外来植物の種をまき散らす大変な事をしでかすお話ということになるのでしょうか。もちろんルピナスさんはフィクションで、世界をもっと美しくする、というテーマこそが本質ですが。 良かれと思ってした事が、予想外の悪い結果を生んでしまった。世界を美しくしようとした種まきは、他の土地の植物にとっては非常に迷惑な事だった。人の生活を豊かにしようとした発明が、かえって人を苦しめる結果になってしまった。親切のつもりが、人を傷つけてしまった。平和をもたらすはずが、争いの拡大を招いてしまった。 それらは、ある話、の数々。聞いたことのある話。現在進行形の話。私もいつ何時、そのようなことをしでかすかもしれないし、もうすでに何かをしでかしているのに気が付いていないことも山ほどあるだろう。 そして、アジアから北のヨーロッパまでわざわざやって来て、この地に住まわせてもらっている私は、厚かましくも、今日も一日、ご飯も食べて、笑ったり怒ったりしながら、平穏無事に過ごさせていただきました。
おばあちゃんサワー🍹
夏至が過ぎ、カンカン照りの晴天が数日続いた後、久しぶりに風が吹いて大雨が降りました。頭の中がすっきりするような清々しい雨でした。脳みそと心の埃を沈めてくれそうな。散歩をすると、白樺はもう種の準備がほぼ整っていて、菩提樹も小さな実をつけ、森の道には野生のブルーベリー(写真はつまみ食いの図)も実っていました。短い夏の間にすべてを滞りなく行う植物に、毎年心から感心させられます。 6月にあった、(自分にとって)ちょっと面白かった話。 女性用の小さめの懐中時計をスウェーデン語でMormorsur→直訳すると、お祖母ちゃんの懐中時計、と呼びます。Morがお母さんで、Mormorが母方のお祖母ちゃん。父方のおばあさんはFarお父さんのMorお母さんでFarmorと言うんです。これ、とても分かりやすいです。お祖母ちゃんにも2タイプあります。同じ調子でお祖父ちゃんはFarfarとMorfar。読みはカタカナで書くとモールモールとファールモールとファールファールとモールファール。以上、プチ・スウェーデン語講座でした。本題です。何かの拍子で、MormorsurがGoogle翻訳され、そこにあった訳が、おはあちゃんサワー。Mormor、+Sur(酸っぱい飲み物)と認識されて、出来上がったおばあちゃんサワー。(Mormorとurの間のsは所有格)おばあちゃんサワー🍹思いもよらない不意を突かれたパワーワードで一人でしばらく地味に笑いました。ばあちゃん秘蔵の梅と赤紫蘇シロップをスピリッツとソーダで割ったら出来そうなおばあちゃんサワー。酸っぱくて口がすぼむ。ちなみに機嫌が悪いこともSur(スール)と表現します。おばあちゃん、ちょっと今日酸っぱいね。笑。 次は、一年に一回やってくる煙突掃除屋さんが今年はサルバドール・ダリに非常に良く似たおじさんだった事。黒づくめの服のおじさんの目力と、細くて上にくるんと曲がった髭に、これはどう見ても。玄関で一瞬固まりました。家にダリが来た。ダリがうちの暖炉の煤を掃除機で吸っている、ダリがうちの屋根に上って煙突掃除をしている。ソワソワする30分でした。来年もまたダリが煙突掃除に来てくれたら嬉しいです。 先日ニュースを見ていたら、道端のルピナスを市の職員らしい人が引っこ抜く映像だったので、ニュースの解説を高2男子の通訳経由で聞いてみると、ルピナスはスウェーデンに来た外来の植物で、昨今は増えすぎる傾向にあり、引っこ抜いているとの事でした。人間の活動と移動が活発かつ広範囲になった結果として、外来の植物や動物は、どこでも問題になっているのかもしれません。 私は全くその事を知らず、ルピナスは姿も色もきれいで、昔からのスウェーデンの初夏の風景の一部だと思っていたのでびっくりしました。ルピナスが好きなので、以前、園芸屋さんでわざわざ苗を買って自分の庭に植えてみたのですが、うまく育ちませんでした。道端には勝手に増えていくのに、うちの庭はルピナスのお気に召さなかったのでしょうか。 ルピナスさん、という絵本があって、それは、世界を美しくするためにルピナスの種を世界中に撒いて回ったルピナスさんの話だったような。あれは、現実的に見ると、所かまわず外来植物の種をまき散らす大変な事をしでかすお話ということになるのでしょうか。もちろんルピナスさんはフィクションで、世界をもっと美しくする、というテーマこそが本質ですが。 良かれと思ってした事が、予想外の悪い結果を生んでしまった。世界を美しくしようとした種まきは、他の土地の植物にとっては非常に迷惑な事だった。人の生活を豊かにしようとした発明が、かえって人を苦しめる結果になってしまった。親切のつもりが、人を傷つけてしまった。平和をもたらすはずが、争いの拡大を招いてしまった。 それらは、ある話、の数々。聞いたことのある話。現在進行形の話。私もいつ何時、そのようなことをしでかすかもしれないし、もうすでに何かをしでかしているのに気が付いていないことも山ほどあるだろう。 そして、アジアから北のヨーロッパまでわざわざやって来て、この地に住まわせてもらっている私は、厚かましくも、今日も一日、ご飯も食べて、笑ったり怒ったりしながら、平穏無事に過ごさせていただきました。